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ニック・ジョーンズさん、IBMとAppleの提携は本当に衝撃なんでしょうか

  2014/10/23 00:00

 10月28日~30日にホテル日航東京で開催されるガートナー ジャパンの年次カンファレンス「ガートナー シンポジウム/ITxpo 2014ではエンタープライズにおけるモバイル活用についてのセッションも多くあります。そこで今回はガートナーのバイスプレジデント 兼 最上級アナリストのニック・ジョーンズさんにモバイルとエンタープライズを取り巻く現状を中心にお話を伺いました。ニックさんはカンファレンスでもモバイルテクノロジのトレンドなどについてセッションを行うので、このインタビューで興味をもたれたらぜひ直接お話を聞いてみてください。

ジョーンズさん
ジョーンズさん

―9月にリリースされたiPhone 6は日本でも大人気ですが、モバイルの専門家であるジョーンズさんはこの新しいデバイスをどのように評価しますか。また、Appleのモバイル市場におけるビジネスをどうご覧になっているでしょうか。

ジョーンズさん:iPhone 6は非常にエクセレントなデバイスだと思います。とくに画面がすばらしいですね。まさに多くのユーザが待ち望んでいたものだと思います。

 しかし、Appleは確実にモバイル市場(スマートフォンとタブレット)でのシェアを落としています。その原因はAndroidの急速な台頭、とくに(新興国など)ローエンド端末と価格にセンシティブな市場でのAndroidの支持が劇的に高まっているところにあります。

 AppleとAndroidはどちらも戦略が明確で、そのとおりに実行しています。少ない生産台数で高いマージンのAppleと、膨大な生産台数で低いマージンのAndroid、と非常にわかりやすい対比構造になっています。ですが長い目で見ると、両者ともこの戦略だけにこだわるのは不十分です。カギとなってくるのはサービス、そしてエコシステムの確立でしょう。これらの要素が注目されるようになったとき、モバイル市場は新たなバトルグラウンドのステージを迎えるはずです。げんにAppleは新しいペイメントサービス「Apple Pay」やホームオートメーション「HomeKit」、ヘルスケアサービス「HealthKit」などをローンチし、新たなイニシアティブを取ろうとしています。「デバイスの数×マージン」に頼るビジネスだけでは成長を担保できないと理解しているのでしょう。

―個人的な意見ですが、エンタープライズユーザは世界的にiPhone派が多いように見えます。今年7月にIBMとAppleがエンタープライズモバイルにおける提携を発表しましたが、多くのメディアが「エンタープライズモバイルの世界に衝撃的な出来事」と沸き立ったことに少々驚きました。ジョーンズさんはこの提携をどのように見ますか。

ジョーンズさん:シンプルに回答すると「AppleとIBMがこの分野(モバイルエンタープライズ)で支配的な地位を獲得するとは思わない」です。Appleはこれからも(7月のIBMとの提携のように)自分があまり得意ではない分野をサードパーティに任せる方針を採っていくものと思われます。

 もう少し詳しく解説しましょう。ポイントは8つあります。長いですが、ちゃんと聞いてくださいね。

 まず1点目。大局的に見た場合、この提携はIBMを"エンタープライズのApple"的な地位に就ける役割を果たしています。

―「エンタープライズのAppleになりたい!」というベンダの声はわりと耳にしますが、IBMがその座を勝ち得たわけですか…。

ジョーンズさん:2点目です。Appleの側からこの提携によるメリットを考えたとき、"エンタープライズに弱い"という長年の問題をクリアできることが挙げられます。サポートの提供、ディスカウントの交渉、サプライチェーンの構築など、エンタープライズを相手にビジネスをするにはこうした部分が重要になります。巨大企業を相手にディールの大きいビジネスをするならなおさらです。ところがAppleはこの部分が致命的に弱い。あなたが言うとおり、エンタープライズユーザにはApple好きが多いです。スマートフォンもタブレットも、彼らのデファクトスタンダードはiPhoneでありiPadです。ですからIBMと提携したことで劇的に出荷台数が増えるということは考えにくい。一方で、競合のSamsungはここ2年ほど、エンタープライズ指向を強めています。つまりAppleは今回の提携により、IBMにエンタープライズの重要なパーツを任せることで、エンタープライズビジネスを切ることなく、コンシューマビジネスに集中できる環境を得たといえます。

 3点目のポイントはアプリケーションです。Appleは今回の提携で、数はそれほど多くないものの、iPhone/iPad用のビジネスアプリケーションを獲得することができました。しかし約束した100程度のアプリではまったく十分ではなく、エンタープライズユーザをiPhoneに引きつけておくほどの魅力があるかと言えばちょっと違う。むしろビジネスアプリケーションとしての人気なら、SAPのほうがはるかに上です。SAPはFioriというライトウェイトなUIをベースにしたアプリケーション群を展開していますが、SAPのシステムでしか動かないにもかかわらず、モバイルの市場でも人気です。

―デバイスだけじゃなく、アプリが魅力的かどうかがエンタープライズでもモバイルでも重要というのはすごく理解できます。魅力的なビジネスアプリをIBMがどれだけ提供できるかは確かに大きなカギになる気がします。

ジョーンズさん: では4点目です。2点目で指摘したAppleの側のメリットはそのままIBMのメリットにも直結します。エンタープライズの顧客にIBMの手でAppleのデバイスという魅力的なガジェットを届けられるだけでなく、そしてそれに伴うマネージドサービスやコンサルティング、アプリケーション開発などの新たな契約にこぎつける可能性が高まります。

 5点目もIBM側の視点です。IBMはAppletと提携を結んだからといって、AndroidやWindows Phoneのサポートをやめるわけではありません。もちろん提携により、iOSの新しいバージョンにいち早く対応したサービスを展開したり、iOS対応のビジネスアプリをいち早く開発/移植する必要はあります。しかし、IBMは顧客も従業員も多国籍であり、さまざまなデバイスを使う人々で構成されています。とくにBYOD(Bring Your Own Device)を推進する企業が顧客の場合、Appleデバイスしかサポートしないというのはビジネス的に許されません。AppleおよびiOSは重要ではあるが、IBMのモバイル戦略にとってのすべてではないことを覚えておいてください。

―つまりこれからもIBMは顧客のニーズに応じてAndoroidもサポートしていくということでしょうか。

ジョーンズさん:私はそう見ています。全世界の顧客にサービスを提供している以上、他のプラットフォームを捨てるという道をIBMが取るとは思えません。

 ここで6点目のポイントです。iOS対応のアプリやサービスを優先的に開発/移植すると先ほど指摘しましたが、これは言うほど簡単ではありません。IBMが約束した100のアプリもちゃんと開発/移植できるのかも正直疑問です。これらのアプリが姿を見せるまで、Androidなど他のプラットフォームに比べてAppleデバイスで動くIBMアプリがすぐれているという評価はできないですね。それくらいAppleデバイスに特化したビジネスアプリ、つまり指紋認識やiCloudにも対応したアプリを作るのは難しいのです。私が「IBMはAndroidデバイスのサポートをやめない」と予想する理由のひとつはそこにあります。(Androidサポートという)ビジネスのニーズがあるのにそれを無視する愚だけでなく、100程度のアプリケーションではエンタープライズには全然足りないのです。しかもそれすら心もとないとなると、ますますAndroidを捨てるわけにはいかないでしょう。

―お話を伺っていると、どちらかといえばIBMのほうに利益もリスクもあるような提携に思えます。

ジョーンズさん:それが7点目のポイントです。PR的な観点で言えば、この提携はAppleよりもIBMにより大きな価値をもたらしたと言えます。IBMのモバイル市場におけるクレデンシャルを強化することにつながりましたから。

 そして最後の8点目です。エンタープライズ的な大局観で考えると、エンタープライズ企業、とくに多国籍企業が「当社でも大規模にiPhoneを導入したい」と検討したとき、最初に連絡を取ってみるIT企業、IBMはその地位を獲得したと言えます。

―まとめると、両者にとってそれぞれメリットもあるし(とくにIBM側)、エンタープライズモバイルの世界においても大きな出来事ではあるけれど、それぞの競合他社をなぎ倒すほどの衝撃はないということですね。ちなみにモバイルの専門家であるジョーンズさんはふだんは何をお使いですか?

ジョーンズさん:私はつねに複数のデバイスをもっており、シチュエーションに合わせて使い分けています。なので1カ月後に同じ質問をされても答えが違っている可能性は高いですね(笑)。とりあえず現在メインで使っているスマートフォンはWindows Phoneで、タブレットはiPadです。セカンダリのタブレットとしてAndroidタブレットも使っています。それからレガシーアプリを動かすにはWindows 7搭載のノートPCが手放せません。

 先ほど「エンタープライズユーザはAppleデバイスが好き」という話が出ましたが、たしかにiPadはビジネス用途のタブレットとして最適だと個人的にも思います。実際、私もミーティングの席にはたいていiPadをもっていきます。ですが最近のハイエンドなAndroidタブレットはかなりiPadに近くなってきていますね。

―それより驚いたのはWindows Phoneを使っていらっしゃるというところなんですが…。

ジョーンズさん:Windows Phoneはいいですよ。私はiPhoneやAndroidより断然好きですね。なぜかというとOfficeがビルトインサポートされていて、Exchange Serverともきっちり統合されている。まあ、もう少しアプリケーションがサポートされないとiOSやAndroidに追いつくのは厳しいでしょうが。

―Windows Phoneは市場でまだ生き残っていけるんでしょうか。というか、Microsoftのモバイルでの存在感をどのように評価していますか。

ジョーンズさん:ノートPCの市場ではもちろんまだWindowsが支配的です。しかしスマートフォンやタブレットの市場となるとWindowsは"第3のプラットフォーム"に過ぎず、しかも先を行く2つのプラットフォームからはものすごく大きな差を付けられています。シェアでいえば数%程度でしょう。

 我々はWindows Phoneはあと数年はなんとかこの市場でサバイブできると見ています。うまく行けば2018年には10%ほどのシェアを獲得できる可能性もあります。やはりコンシューマの市場ではWindows Phoneはつらいですね。タブレットの市場でもWindowsはもはやニッチな存在という評価が確立しています。ですが、エンタープライズユーザにとってWindowsが動くノートPCやタブレットは非常に魅力的です。レガシーアプリが動くということは彼らにとって本当に重要なのです。このエンタープライズユーザがボトムラインでニーズを支え続けていれば、先ほど言ったように10%程度のシェアを獲得できるでしょう。モバイル市場でのWindowsプラットフォームに関しては、市場から消えることはないが"第3のプラットフォーム"の地位を抜け出せるほど普及もしないというのが我々の予測です。追い付くには差を付けられすぎていますから。

―逆に言えば、蓄積したアプリ資産でWindowsはまだモバイルで生き残っているようにも思えます。コンシューマと同様に、というよりも、エンタープライズだからこそ"モバイルファースト"の考えが浸透しつつあるようにも思えるのですが。

ジョーンズさん:うーん、私はその"モバイルファースト"という言葉があまり好きじゃなんですよ。そのフレーズからは「モバイル以外は大事じゃない」というニュアンスが感じられるからです。なのでかわりに「マルチチャネルファースト」と言うようにしています。デベロッパには複数のデバイスで動くアプリケーションを開発してほしいですから。

 もっと言うと、すべてのアプリケーションがモバイルに対応する必要もないと思っています。これは私の個人的な意見ですが、エンタープライズユーザがモビリティに求めているのはどこでもなんでも使えるといったユニバーサルな汎用性ではなく、適切なアプリケーションが適切なデバイスで動くという最適性だと思うのです。「はじめにモバイルありき」のモバイルファースト的な思想では、エンタープライズのプロセスを効率化できないのではないでしょうか。

―エンタープライズのプロセスとモバイルの最適化という発想はなかったです。

ジョーンズさん:これはガートナーの意見というより私見です。ですがエンタープライズとモバイルにおいて重要なのは、モビリティによってどんなイノベーションが起こるのか、そのプロセスを考案することだと思うのです。たとえばスマートフォンやタブレットの普及でワークスタイルが変わったように、あなたの企業はモビリティをどうイノベーションに活かそうとしているのか、今一度考えてみてください。単に既存のアプリを載せ替えただけではイノベーションは起こりません。紙の印刷物をタブレットで表示できるようにしたところで、もうそれは新しいイノベーションでもないでしょう。

 そう考えると、既存のスマートフォンやタブレットではもうイノベーションは起こりにくいかもしれませんね。たとえばスマートウォッチやGoogle Glassなど、ウェアラブルデバイスのような新しいデバイスにその可能性は眠っているのかもしれません。



著者プロフィール

  • 五味明子(ゴミ アキコ)

    IT系出版社で編集者としてキャリアを積んだのち、2011年からフリーランスライターとして活動中。フィールドワークはオープンソース、クラウドコンピューティング、データアナリティクスなどエンタープライズITが中心で海外カンファレンスの取材が多い。 Twitter(@g3akk)やFacebook(...

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