プログラミングにはまりパソコン通信で学びBorlandへ
−−まずは自己紹介と経歴をお願いします。
新井 現在はLinuxを中心とした製品開発サポートを行うサイオス株式会社(以下、サイオス)の米国事業会社SIOS Technology Corp.のCOOと、持ち帰り弁当「Hotto Motto(ほっともっと)」や定食レストラン「やよい軒」を運営しているプレナスのグループ企業となるBayPOSのCEOをしています。最近の表現で言うなら、パラレルワーカーです。
元々は電子工学を専攻で、ソフトウェアの道に進むとは思っていませんでした。しかしプログラミングをしてみたら、面白くてはまりまして。当時は情報収集するなら雑誌でしたが、最新情報の収集や日々の課題解決ならパソコン通信でした。マルチメディアなんてない時代ですから、テキストベースの情報交換でした。パソコン通信で議論されたトピックを中心に専門誌に寄稿していたこともあり、ボーランド(Borland:1990年代に開発ツールで一世を風靡した米国のIT企業。最終的に開発ツール部門はエンバカデロテクノロジーズに売却された)に就職しました。
−−当時新卒で外資系への就職は珍しいですよね。いきなりで仕事についていくのは難しかったのでは
新井 確かに周囲には「普通にメーカーがいいのでは」と言う人もいたくらいです。それまでにパソコン通信上で質問に答えたり、雑誌などで情報発信をしていたこともあり、テクニカルサポートの現場に投入されました。自分でトピックを選べる情報発信と、お客様の質問に答えるサポート業務は大きく異なりましたが、先輩にもサポートいただいて、業務を行うことができました。
ノンネイティブかつ新婚早々で海外赴任
−−外資系だと英語が必須のスキルというイメージがありますが英語の勉強はどのように?
新井 私自身はノンネイティブです。いわゆる「駅前留学」と外国人上司とのやりとりで鍛えました。学校では先生が間違いを直してくれますが、仕事や日常会話では察してくれるので直してくれません。その代わり、相手が分かるまで言い直す必要があります。
−−確かに、仕事だと英語が間違っていても直してくれないんですよね。私も間違った言い回しを覚えてしまっていて、オンライン英会話で修正された時に非常に恥ずかしい思いをした経験があります。その後を教えてください。
新井 テクニカルサポートとマーケティングを経験しましたが、業務でソフトウェア開発を経験したことがないのが悩みでした。上司に相談したら「じゃあアメリカで開発チームと仕事をしてみたら?」と。
正直、悩みました。しかしこれから長くIT業界に携わるのだから、ソフトウェア開発の現場にどっぷり関わるほうがいだろうと2004年に渡米しました。結婚して半年後でしたので、二人で渡米しました。
−−それはすごいですね! 現地オフィスのスタッフが本社勤務になる話はあまり聞いたことがないです。それで、アメリカに行かれてから日本との違いで気づかれたことなどありますか? 以前、日米の航空会社のサービスの違いを伺った気がします。
新井 よく覚えてますね(笑)。要求水準や常識が違うので苦労しました。例えば、日本の航空会社なら出発が遅れたら謝りますが、アメリカの航空会社は出発が遅れても到着が予定通りなら「時間通りで、目的を達してるからOKだ」と問題にしません。細かいことにはこだわらないのです。
職場ではアメリカ以外にもロシアやインドなど多種多様な文化が集まります。共通の常識がないので、個別の議論で何が問題か通じないことがあります。
−−日本だと「察する文化」ですものね。共通の背景(コンテクスト)があるので、全て言わなくても通じてしまうことが多い。私も海外と仕事をする時は、前提や目的、時間軸やリソースを示すように気をつけています。