
オープンソース・ソリューションプロバイダーのレッドハット(以下、Red Hat)は7月1日、日本市場における事業戦略説明会を開催し、AIネイティブ時代に向けた包括的なプラットフォーム戦略を発表した。同社は従来の縦割り技術構成を見直し、仮想化からAIまでの技術を「ミルフィーユ状」に統合する新たなアプローチを提示。ユーザー企業として日興システムソリューションズと日本中央競馬会(JRA)が実装事例を紹介した。
Red Hat日本市場で2桁成長:OpenShift前年比2.8倍の急拡大
レッドハットの三浦美穂代表取締役社長は、2024年のグローバル業績について前年比11.4%増の成長を報告。日本市場はこの数字を上回る成長を実現したと発表した。同社の事業は4つの主要製品で構成され、基盤となるRed Hat Enterprise Linux(RHEL)が8%成長、OpenShiftとAnsibleがそれぞれ2桁成長を達成している。
特に注目すべきは、OpenShift内のVirtualization Engineが前年比2.8倍という急成長を示していることだ。これは、企業が次世代仮想化プラットフォームへの移行を本格的に検討し始めていることを反映している。
新たな成長領域として、Red Hat Vehicle OSが自動車業界の安全機能標準であるISO 26262のASIL-D認定を取得したことを発表。ソフトウェア定義車両(SDV)の開発において、オープンソース技術の活用が広がる中、安全性認証の取得は業界にとって重要な進展となる。日産自動車がSDV開発での協業を表明するなど、実用化に向けた動きが加速している。
三浦氏は、従来の時代別技術導入モデルの課題を指摘。仮想化、クラウドネイティブ、AIといった異なる技術領域間で生じる組織的・プロセス的な摩擦や、「シャドーAI」と呼ばれる部門独自のAI利用によるガバナンス課題などが顕在化していると説明した。
これに対し同社は、技術を縦割りではなく「ミルフィーユ状」に積み重ねる統合アプローチを提示。各技術層を総合的に管理・活用できるプラットフォームの提供を戦略の柱とした。「予想できない未来にこそ準備が必要」との考えのもと、柔軟な技術選択を可能にするオープンソースベースのプラットフォームを強化していく方針だ。

日興システムソリューションズ:Pod Security Standardsで自動化実現

日興システムソリューションズの三田徹執行役員は、同社のOpenShift導入背景と成果を紹介した。同社では25年間運用されている既存システムの複雑化、セキュリティ対応の迅速化要求、インフラ部門の高度化ニーズなどを課題として、コンテナ技術の採用を決定。
導入により、Pod Security Standardsなど最新技術を活用し、可能な限りの自動化を実現。「後発組のメリットを活かし、先行事例の知見を積極的に収集できた」と三田氏は述べ、Red Hatとの協力により技術課題の解決を図ったと評価した。
今後の課題として、VMware環境からの移行の仮想化活用やAI分野での応用を検討しており、Red Hatのサポートを受けながら継続的な発展を目指すとしている。
JRA年間1億8000万PV処理:リリース作業5時間を1時間に短縮

JRA情報システム部の尾崎純一課長は、同組織のホームページシステムにおけるOpenShift導入効果を報告した。JRAのホームページは年間1億8000万PVというアクセス数を処理しており、有馬記念当日には1日で5000万PVという極めて高い負荷に対応する必要がある。
従来の仮想基盤では、G1レースなどアクセス集中時のリソース準備に時間を要し、環境ごとの手作業による不具合発生リスクやセキュリティ対策の遅れが課題となっていた。
OpenShift導入後、本番リリース作業時間を5時間から1時間に短縮し、セキュリティ対応頻度を半年に1回から2ヵ月に1回に向上。リリース時の環境差による不具合を0件に削減し、有馬記念などの高負荷時も安定稼働を実現した。
尾崎氏は「OpenShiftとともに走り続ける」との表現で今後の取り組みを表明し、継続的なシステム改善とRed Hatとの連携強化を進める考えを示した。
長期的なVMware移行需要を見据え選択肢を提供
後半では、Red HatのAI戦略として2つのアプローチとして、パブリッククラウドのAIサービス活用と、企業内データを活用した自社AI構築のハイブリッド活用を推奨する方針を明らかにした。

さらに、新製品として「Red Hat AI Inference Server」を発表。Neural Magic社の買収により獲得した技術をベースに、推論パフォーマンスを維持しながらコンピューティングリソースコストを50%削減することを可能にした。vLLM技術を活用し、OpenShiftベース上で既存ITリソースとの統合運用を実現している。

同製品の特徴として、あらゆるLLMやプラットフォームアクセラレータとの幅広い適合性を挙げ、特定ベンダーへのロックインを回避しながら最新AI技術の迅速な導入を支援するとした。
三浦氏は「社会基盤を支えるインフラとしての地位を確立した」と現状を評価し、今後はOT(運用技術)とITを繋ぐ架け橋として、オープンソース技術の柔軟な提供を続ける方針を表明。10月には製品技術の詳細や業界別知見を共有するサミットコネクトの開催を予定している。
一方で、急速な成長に伴う人材不足が最大の課題と認識しているという。特にコンテナ化や仮想化分野での技術支援需要が高まる中、技術者採用とパートナー企業との連携強化が急務となっている。
VMware環境からの移行需要についても、日本企業は2027年頃の次期プラットフォーム移行に向けた準備段階にあり、実証実験や部分的検証を継続する企業が多いと分析。同社は中立的な選択肢の一つとして、顧客の最適解選択を支援する姿勢を示した。
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京部康男 (編集部)(キョウベヤスオ)
ライター兼エディター。翔泳社EnterpriseZineには業務委託として関わる。翔泳社在籍時には各種イベントの立ち上げやメディア、書籍、イベントに関わってきた。現在はフリーランスとして、エンタープライズIT、行政情報IT関連、企業のWeb記事作成、企業出版支援などを行う。Mail : k...
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