今回の記事では、イノベーションの失敗を回避するうえで重要な「3つのレンズ」を紹介する。3つのレンズを意識することで、デザイン思考を道具として活用する第一歩を踏み出せる。レンズは有用性・実現可能性・持続可能性から構成される。有用性を基点とし、ユーザーや社会への価値提供をはじめに考えることで、イノベーションの失敗を防ぐことができる。前回の記事はこちら。
「イノベーション≒技術革新」という誤解
イノベーションという言葉の解釈は人によってさまざまだが、多くは「技術革新」と混同されている。混同の始まりは1956年だろう。当時の経済白書では「技術革新(イノベーション)」と記述されている。この訳語を読めば、イノベーション実践で最優先すべきは技術のように思える。もちろん、技術や技術のマネジメントが組織経営に与える影響は大きい。
しかし、技術を基点にイノベーションへ取り組むのは誤りだ。ある製品がイノベーションかどうかは、ユーザーや社会が判断するからだ。製品化を手がける技術者や、販売促進を行う組織にその権利はない。イノベーションへの取り組みは積極的に行うべきだが、その成果については常に謙虚でなければならない。
謙虚さを持たずに失敗した例として、セグウェイがある。セグウェイは、発明家のディーン・ケーメンが生み出した電動二輪スクーターだ。二輪構造を、高度なジャイロセンサーによって安定させるという点で技術的に新しかった。タイム紙によれば、スティーブ・ジョブズもセグウェイを称賛していた。発明者のケーメンも強気に考えており「1週間に1万台のペースで売れる」と口にしていた。しかし、実際にはイノベーションでも何でもなかったことがわかる。セグウェイは5年間で累計2.4万台ほどしか売れていない。関係者の期待とは裏腹に、市場の反応は冷ややかなものだった。
なぜうまくいかなかったのだろう。ニーズがなかったからだ。ニーズがなければイノベーションは起きない。当然のことにも関わらず、人々のニーズが後回しにされることはよくある。
その理由は、イノベーションが起きる過程にある。あるアイデアがイノベーションに変わるまでは、大きく分けて3つの段階を経る。
- アイデアを形にして利用可能な状態にする段階…実用化
- 製品をユーザーが購買可能な状態にする段階…提供
- 製品が有益であるという認識が、社会に広がる段階…普及

多くの場合、製品を市場へ届けた後にニーズの有無が明らかになる。そのため、組織の中にいる限り、ユーザーや社会のニーズに対する意識が薄くなる。しかし、資金や時間を大量に使った後で、“ニーズがなかった”と知るのでは遅すぎる。
アイデアを形にする前の段階から、全体のプロセスを意識すべきだ。そして、ユーザーや社会について深く理解する必要がある。外の世界に対する認識の欠如が失敗を招く。
どうすれば失敗を防げるだろうか?それにはデザイン思考の「3つのレンズ」が有効だ。
それぞれのレンズには、「実現可能性」、「持続可能性」、「有用性」と名前がついている。
次のページから、それぞれのレンズが意味するものを紹介するため、実現可能性を示す“技術”、持続可能性を示す“ビジネスモデル”、有用性を示す“ニーズ”を取り上げる。
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柏野 尊徳(カシノ タカノリ)
岡山県出身。専門はイノベーション・プロセス。スタンフォード大学d.schoolでイノベーション手法:デザイン思考を学ぶ。同大学発行の『デザイン思考家が知っておくべき39のメソッド』監訳など、デザイン思考関連教材は公開6ヶ月でダウンロード5万件。岡山大学大学院で3年間教鞭を執った後、慶應義塾大学SFC(湘南藤...
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