「シリアル・イノベーター」が切り開く大企業内イノベーションの流儀
(第18回)イノベーションに効く翻訳書10:『シリアル・イノベーター 「非シリコンバレー型」イノベーションの流儀』
本書は、大企業におけるブレークスルー型のイノベーションのあり方を「シリアル・イノベーター」という人に着目して描いたものです。本書が定義する「シリアル・イノベーター」とは、企業の中で連続的(シリアル)に、画期的な製品やサービス(イノベーション)を生み出す人のことを指します。既存ビジネスのための重厚な組織を備えた大企業においてシリアル・イノベーターはどのように活躍するのでしょうか。その要点を追ってみたいと思います。
「シリアル・イノベーター」とはどのような人か?
本書の冒頭でイノベーションについての二つの定義が提示されています。一つは既存の製品を改善する「段階的イノベーション」、もう一つは既存製品を格段に向上させる、もしくは革新的な製品を生み出す「ブレークスルー・イノベーション」です。本書では、後者のイノベーションを生み出す担い手として「シリアル・イノベーター」を位置づけています。
本書の冒頭でシリアル・イノベーターの一人として象徴的に紹介されているのが、P&Gで「オールウェイズ・ウルトラ」という生理用ナプキンの開発に携わったトム・オズボーン氏です。
オズボーン氏が生理用ナプキン開発チームに着任した当時、ナプキン開発は紙製品の一つとして機能的、工学的アプローチで行われており、ユーザー視点が欠如していました。オズボーン氏は「女性の生活の質を本質的に変えたい」というモチベーションのもと、工学的アプローチというよりは、生物学的、人間工学的アプローチで開発を進めます。
その結果、これまでのナプキン開発とはまったく異なる設計思想、メンタルモデルを発想します。ところがこのメンタルモデルが既存製品とは全く異なるものだったため、既存製品に携わっていた同僚から反感を買い、一時は解雇寸前まで追い込まれてしまいます。
それでもオズボーン氏は諦めず、勝手にプロトタイプを製作してテストを繰り返します。テストの結果は圧倒的なユーザーからの支持を示していました。しかし、それでも彼の製品は組織的な支援を受けることができませんでした。
オズボーン氏はこれでも諦めず、社内で製品開発を支援してくれるマネージャーを自ら探し出します。その結果、海外市場を担当するマネージャーと出会うことができ、最初の製品は海外市場で発売されることになりました。
結果として彼の製品コンセプトは市場で高く評価され、今では「オールウェイズ・ウルトラ」は年間数十億ドルを稼ぐ商品にまでなりました。
本書の冒頭でこのオズボーン氏のケースが紹介されているのは、著者たちが提案するシリアル・イノベーターとしてのマインドセットと行動を象徴する事例だからです。その要素とは、例えば顧客の課題への執着だったり、開発者でありながら製品化までを担っていることだったり、社内の支持を取り付けるための政治的な行動力だったりします。次のページからは、本書で提示されているシリアル・イノベーターの要素の中から代表的なものを紹介します。
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岩嵜 博論(イワサキ ヒロノリ)
株式会社博報堂 コンサルティング局ストラテジックプラニングディレクター
博報堂において国内外のマーケティング戦略立案やブランドプロジェクトに携わった後、近年は生活者発想によるビジネス機会創造プロジェクトをリードしている。専門は、エスノグラフィックリサーチ、新製品・サービス開発、ビジネスデザイン、ユーザ...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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