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ユーザエクスペリエンス(UX)の時代がやってきた

第1回


ひと昔前から現代に至るまで、「動かないコンピュータ」「使われないシステム」というのは失敗プロジェクトを揶揄する象徴的な表現です。しかし「動く」「使える」だけではユーザは満足しません。私たちはユーザに対してもっと優れた"エクスペリエンス"を提供するべきなのです。

ユーザビリティの価値

 もし、自分が開発に携わった製品をユーザに5段階で評価してもらうとすれば何点になると思いますか?

 驚くなかれ、世の中には(未だに)最低評価を受ける"使いモノにならない"製品がたくさんあります。メールが送信できない携帯電話、初期設定ができないオンラインサービス、5分の仕事に1時間かかる申請システム――いずれも実際に私がその改善プロジェクトに携わったものばかりです。

 実は、このレベルの問題は既に技術的には解決しています。ユーザビリティ工学を適切に用いれば"使用可能"なレベルの製品は開発可能です。

 

ユーザビリティの3要素:
ユーザが「正確に」「無駄な手順を踏まず」「イライラしたり、不愉快な思いをしない」で
目的を達成できなければ、その製品はユーザブルであるとは言えない
ユーザビリティの3要素:ユーザが「正確に」「無駄な手順を踏まず」「イライラしたり、不愉快な思いをしない」で目的を達成できなければ、その製品はユーザブルであるとは言えない

 

 では、そういった改善を施した製品ならば評価はどうなるでしょうか?

 残念ながら最高点の「非常に満足」という回答はあまり得られないでしょう。多くのユーザの回答は「まあ満足」「どちらとも言えない」といった中間的な評価点にとどまる――平均すれば「5点満点で3.5」くらい――でしょう。

 このようにユーザビリティへの投資は不満の解消には大きく貢献しますが、満足の向上にはあまりつながりません

エクスペリエンスの価値

 今、世界で最も影響力のあるIT企業の1つはアップル社でしょう。彼らの代表的な製品である iPod は私たちの音楽の楽しみ方を大きく変え、もう1つの代表的な製品である iPhone は――ジャーナリストの林信行氏が「人がウェブをまとう」と例えたような――本当のモバイルコンピューティングをもたらしてくれました。

 iPod は携帯音楽プレーヤーであり iPhone は携帯電話ですが、それらは従来の製品ジャンルを超えた価値、単なる"改良"を超えた価値――新たな『エクスペリエンス』を創造しています。つまり、iPod は新たな「音楽体験」を、iPhone は新たな「コミュニケーション体験」をユーザに提供したのです。

 その結果、ユーザはそれらの製品を熱烈に支持して製品を繰り返し購入するだけでなく、自ら"伝道師"を買って出てその普及にも大きく貢献しています。優れたエクスペリエンスはユーザに非常に高い満足をもたらし、製品の競争力を飛躍的に高めます

 また、商売の面からもエクスペリエンスは重視されています。著名な経営コンサルタントのパインとギルモアはその著書の中で「エクスペリエンスの価格はコモディティや製品の数十倍から数百倍である」ことを明らかにしています。要するにエクスペリエンスが一番高く売れる(儲かる)のです。

 

経済価値別の「コーヒー(1杯当たり)の価格」:
他の価値に比べてエクスペリエンスの価格の高さが際だっている。
つまりエクスペリエンスとは単なるデザインの問題ではなくビジネスの価値に直結するものである
経済価値別の「コーヒー(1杯当たり)の価格」:他の価値に比べてエクスペリエンスの価格の高さが際だっている。つまりエクスペリエンスとは単なるデザインの問題ではなくビジネスの価値に直結するものである

UX の構造

 業界によってエクスペリエンスの呼び方は多少異なります。サービス産業などでは「カスタマーエクスペリエンス」とも呼びますが、ソフトウェア産業では主に『ユーザエクスペリエンス(UX:User eXperience)』と呼んでいます。

 ソフトウェア製品の場合、UX は一般にユーザインターフェイス(UI:User Interface)という形でユーザと接することになります。その UI は一見すると"1枚の絵"なので、ちょっとセンスのいい人(いわゆる"デザイナさん"など)に頼めば、サラサラと書き上げてもらえると誤解されがちです。しかし、本来は、そこには全ての要素(ユーザニーズやビジネスゴール、技術要件など)が凝縮されています。

 UX の構造を表した有名なモデルがあります。ユーザから見えるのは表層である UI だけですが、その UI を"剥がす"と、そこには骨格が現れます。その骨格は構造に支えられています。さらに、その構造は要件から導かれており、その要件は戦略に基づいています――ジェス・ジェームス・ギャレットが提唱した「 The Elements of User Experience 」です。

 

UX の構造を表したモデル図:
strategy(戦略)、scope(要件)、structure(構造)、skelton(骨格)、surface(表層)の
5つの層から構成されている
UX の構造を表したモデル図:strategy(戦略)、scope(要件)、structure(構造)、skelton(骨格)、surface(表層)の5つの層から構成されている ※引用元:Jesse James Garrett 「ウェブ戦略としての「ユーザーエクスペリエンス」」毎日コミュニケーションズ

 

 このモデルを見れば、表層レベルである UI だけで対応できる課題はごく限られることは明白です。UX に係わる多くの課題は骨格や構造レベルで検討しなければいけません。そして、場合によっては大元(つまり戦略レベル)に立ち返らなければいけないことも少なくありません。

 UX は製品開発の一番最初(企画段階)から地道に積み上げていくものです。決して、開発が終わってから"上"にかぶせるものではありません

 次回は、優れた UX を実現するためのプロセスと、ちょっと意外な"第一原則"をご紹介する予定です。

 (次ページでは米国で活躍しているアジャイルUXの先駆者を紹介します)

 

 

次のページ
コラム:アジャイルUX紳士録 #1

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この記事の著者

川口 恭伸(カワグチ ヤスノブ)

アギレルゴコンサルティング株式会社アジャイルコーチ。認定スクラムマスター。株式会社QUICKを経て、2011年7月より現職。前職ではWeb/DHTMLアプリケーション開発、スクラム導入、構成管理/デプロイ基盤/運用設計を担当。Agile Conference 2009~2011に参加。イノ...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

樽本 徹也(タルモト テツヤ)

利用品質ラボ代表。日本では数少ないユーザビリティ工学の専門家で、ユーザ調査とユーザビリティ評価の実務に精通している。現在はプロのコンサルタントとして、ウェブサイトから携帯電話まで幅広い製品のUI/UX開発プロジェクトに携わっている。 著書は『アジャイル・ユーザビリティ』、『ユーザビリティエンジニアリング』、『これだけは知っておきたい組込みシステムの設計手法』の3冊がある。公式サイト「人机交互論( http://www.usablog.jp/ )」で最新情報発信中。

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