富士通は10月3日、NVIDIAとAI領域での戦略的協業を拡大することを発表した。両社の技術を融合し、「自律的に進化するAIプラットフォーム」「次世代コンピューティング基盤」「産業横断的なカスタマーエンゲージメント」を3本柱として、フルスタックAIインフラストラクチャの構築・提供を目指す。会見には、富士通の時田隆仁社長、ヴィヴェック・マハジャンCTOに加えて、NVIDIAのジェンスン・フアンCEOが登壇。両社のトップが揃うことで、今回の協業が戦略的な位置づけにあることが示された。
富士通の時田社長は、創業以来の「人々の幸せ」に焦点を当てたヒューマンセントリックなテクノロジーを追求してきたことに触れつつ、現代が直面する労働人口の減少やエネルギー問題といった深刻な社会課題の解決において、AIが決定的なドライバーとなると強調。特に、AIの進化を支える学習データ量とハードウェアの処理能力の重要性を指摘し、「このAIインフラストラクチャをNVIDIAとともに構築し、その領域がもたらす可能性をさらに高めていく」と述べた。
本協業において重要なのは、日本が抱える喫緊の課題、特に労働力不足への解決策を提供しようとするものである。NVIDIAのフアンCEOも「ロボティクスとAIエージェントは、高齢化社会に備える上での日本の大きな課題である労働力不足への対処を助け、同時に経済成長のための新しい機会を切り開く」と述べ、社会課題解決と経済成長の両立を見据えたAIインフラを共同で推進する方針を示した。
富士通のヴィヴェック・マハジャンCTOは、協業の具体的な内容を、以下の3つの領域に分けて説明。これはAIの基盤となるコンピューティングから、実際に産業で機能するアプリケーション層までを垂直統合する「フルスタック」のアプローチを示す。
自律的に進化する「AIプラットフォーム」
富士通のAIプラットフォームである「Fujitsu Kozuchi」を基盤に、NVIDIAの技術群(Dynamo、NeMo、CUDA)を統合する。これにより、高いセキュリティとスピードを両立したAI Workload Orchestrator技術、およびマルチテナンシーを実現する。マハジャンCTOは、特に企業が活用を加速させるAIエージェントに着目し、NVIDIAのNeMoやNemotron、富士通のAIモデル「Takane」などを組み合わせたエージェントフレームワークを提供することで、顧客のニーズに合わせたスピーディーな導入を可能にする、と説明した。

次世代コンピューティング基盤
高性能と省電力を両立する富士通のCPU「FUJITSU-MONAKA」シリーズと、NVIDIAの高性能GPUを組み合わせ、シリコンレベルから共同で最適なインフラ開発を行う。NVIDIAのフアンCEOは、MONAKAが「NVLink Fusion」と呼ばれる高速なインターコネクト技術を用いてNVIDIAのGPUと融合されることで、「エネルギー効率が高く、高性能な新しいクラスのコンピューティングシステムを生み出す」と説明した。この取り組みは、理化学研究所が主導する次世代フラッグシップスーパーコンピュータ「富岳NEXT」プロジェクトを推進力としつつ、様々な産業への汎用的な提供を目指す。マハジャンCTOは、「AIプラットフォームとコンピューティングプラットフォームを合わせて、お客様にソリューションを提供していきたい」と述べ、AIとそれを支える演算基盤の不可分な関係性を強調した。

カスタマーエンゲージメント
このフルスタックのAIインフラストラクチャーを、特定の産業分野から社会実装へと展開する。協業の具体的なユースケースとして、まずはロボティクスの分野で「フィジカルAI」などの社会実装を目指すことが発表された。マハジャンCTOは、この分野で安川電機との連携を例に挙げ、産業ロボットからヘルスケア、金融といった多岐にわたる分野でソリューション提供を拡大していく可能性に言及した。また、産業横断でのイノベーションを実現するために、両社共同でのパートナープログラム提供も検討されており、エコシステム構築を通じてAIの活用を拡大支援する。

ハイブリッド計算のロードマップと量子コンピューティングへの視座
今回の発表で特に注目すべきは、AIインフラの拡張が量子コンピューティングの領域にまで射程に入れている点だ。時田社長は、AI駆動社会を支えるインフラとして量子コンピュータが不可欠であるとし、富士通が2026年に1,024量子ビットの量子コンピュータ開発を目指していると明かした。「将来的にこの量子コンピューティングの領域においても、両社の掛け合わせた取り組みによって、社会への貢献を果たせるものと確信している」と述べる。

マハジャンCTOもこれを受け、富士通が開発を進める「Made in Japan」の量子コンピュータのハードウェアとソフトウェアを合わせ、NVIDIAとのパートナーシップを深めていく意向を示した。特に、量子コンピューティングとHPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング)のハイブリッド計算センター技術、および量子・古典ハイブリッドアプリケーションの実現を加速させることが、今後の重要な課題解決への取り組みとなる。
時田社長は、この協業によって実現するAI駆動社会が「AIが人に置き換わるものではない」という点を改めて強調した。AIの持つデータ処理能力と、人間の持つ判断力や創造性が組み合わさり、「人とAIが協調、共同、そして共創(コ・クリエーション)する」社会を描く。このヒューマンセントリックな考え方を根底に、富士通とNVIDIAは、シリコンレベルの技術開発から産業特化型のソリューション提供、さらには量子コンピューティングへの拡張まで、包括的かつ長期的なパートナーシップを推し進める。
NVIDIAのフアンCEOは、AIエージェントがヘルスケアでの病院業務管理支援、製造・ロボティクスでの手作業自動化、通信でのネットワーク効率向上など、具体的な産業応用を通じて、日本の労働力不足という深刻な課題に対処することを強調した。富士通の持つ産業全体にわたる専門知識とNVIDIAのAIプラットフォームを結集させることで、これらの課題を日本で解決し、その成功モデルを世界へと展開していくことを目指すという。
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小山 奨太(編集部)(コヤマ ショウタ)
EnterpriseZine編集部所属。製造小売業の情報システム部門で運用保守、DX推進などを経験。
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