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あるホンダ社員のクラウドへのチャレンジ ―挑戦して失敗することよりも何もしないことをおそれよ

2014/11/28 12:20

 2014年もあと1カ月あまり。今年もたくさんの海外イベントを取材させていただきましたが、もし年に1度しか海外出張できないのであれば、筆者は毎年11月中旬に米ラスベガスで行われるAmazon Web Services(AWS)主催の「AWS re:Invent」を選ぶと思います。毎回発表される新サービスがすばらしく魅力的というコトも大きいのですが、何より1万数千人の参加者の熱量がハンパない。AWSや関連企業の発表からすこしでも多くの成果を持ち帰ろうとするだけではなく、ユーザどうし、パートナーどうしで互いに教え合い、学び合うことに誰もが積極的です。AWSのアンディ・ジャシーSVPは「re:Inventはテクノロジカンファレンスでもマーケティングカンファレンスでもない。これはエデュケーショナルカンファレンスだ」と今回のキーノートで明言していましたが、今ならその意味がわかる気がします。これほどユーザがみずからの事例やノウハウを我先にと公開するカンファレンスを、筆者はほかに知りません。

 さて、第3回目となった今年のre:Invent(11/11 - 11/14)も例年通り数多くの話題を提供し、無事に終了しました。300名を超えたと言われる日本からの参加者の皆様も、十分にre:Inventを満喫されていたようです。昨年は日本企業の事例セッションとしてNTTドコモの栄藤稔さんによる"ひつじのしつじ on AWS"が紹介されたのですが、今年はそれとはやや違った形で本田技研工業(以下、ホンダ)による事例発表がありました。本稿ではその内容を皆様にご紹介しながら、日本のエンタープライズにもすこしずつ息吹き始めたクラウドのポテンシャルについて考えてみたいと思います。

 実は今回のre:Inventではホンダによる単独セッションが開催されたわけではありません。最初、「ホンダによるセッションが行われる」と案内された部屋に掲げられていたタイトルは「Big Data & HPC State of the Union」で、セッション担当者はAWSのビッグデータ&HPC部門 シニアソリューションマーケティングマネージャのベン・バトラー氏。ホンダの話はセッションの途中から「カスタマーによる"HPC on AWS"の成功事例」として紹介されたのです(途中から入室した筆者は最初、完全に部屋を間違えたと思い込み、頭を抱えてしまいました…)。

 ここ1、2年、コストやワークロードとクラスタサイズの最適化といった観点からHPC(High Performance Computing)をAWS上で大規模に展開する事例が増えてきています。とくに製造業におけるHPC活用にクラウドが大きな道を拓いたと評価する声は多く、今回のre:InventではハードディスクベンダのHGSTが7万コアを超えるクラスタをAWSのスポットインスタンスで稼働させ、従来30日かかっていた作業をわずか8時間に短縮し、コストも約5500ドルまで縮小した事例を発表して話題を呼んでいました。

 そうした話題の技術である"HPC on AWS"をホンダはいかに活用しているのか。バトラー氏に紹介されて壇上に上がったのは本田技研工業 IT本部 システム基盤部 インフラ技術ブロック チーフ 多田歩美さん。以下、多田さんが英語で行ったセッションの概要を紹介していきます。

ホンダのココロをつかんだAWSのスポットインスタンスはHPCに最適!

本田技研工業 IT本部 システム基盤部 インフラ技術ブロック チーフ 多田歩美さん
本田技研工業 IT本部 システム基盤部 インフラ技術ブロック チーフ 多田歩美さん

 「"The Power of Dreams"は我々ホンダの原動力です。夢こそがモノづくりの基本です」

 ―何度も何度も事前に練習したことをうかがわせるゆっくりとした、でもとてもはっきりとしたきれいな英語で多田さんは最初にこう訴えかけました。夢をチカラにしてきたからこそ、1948年の創業以来、世界中のユーザにホンダ製品は愛され続け、使われ続けてきているのです。

 もっとも基本理念は創業以来変わらなくても企業を取り巻く環境は大きく変わります。世界各地に生産拠点をもつホンダですが、数年前までは地域ごとの最適化が過度に進んだ状態にありました。つまり各拠点ごとにR&Dがあり、オートバイ開発工場があり、自動車工場があり…、という状況です。これはコンソリデーションが進む現在の経営のトレンドや、オペレーションコストの面から見てもあまり好ましい状況とはいえません。加えてホンダのような世界的ブランドを維持している企業の場合、行き過ぎたローカライゼーションはブランドの信用を落とすことにもつながります。そこでホンダは全体最適化とグローバリゼーションの流れにしたがい、全世界の生産体制の統合を図りました。もちろん、研究開発に必要な膨大なHPCリソースもコンソリデーションされることになります。

 統合されたHPC環境では、ユーザも増えれば、リクエストの数も増えます。当然、稼働させるアプリケーションの数も大幅に増加します。「リクエストの数だけではなく、その種類も増えます。あるユーザからは大量のメモリを要求され、別のユーザからは大量のコアを要求されます。それが同時に起こったり、長期間に渡ってリソースを占有したいというリクエストもあります。オンプレミスでこれらのリクエストをハンドルするにはもう限界でした」と多田さん。統合されたからこそ、より効率的でコストの低いオペレーションが必要なのに、現実は逆で、複雑化する一方のリクエストに適切なHPCリソースを配分することが困難になっていました。

 こうした悩みにぶつかっていたホンダがAWSを採用をしたのは2012年のことです。すでにAWS以外にもHPC活用を謳うクラウドベンダはいくつかありましたが、多田さんは「リードタイム、アジリティ、サービス、この3つのポイントでAWSは格段に優れていました」とAWSに決定した理由を話しています。

 とくに大きかったのはサービス面だったとのこと。AWSサービスの顔ともいえる「Amazon EC2」には数多くのインスタンスタイプがありますが、ホンダにとって「本当に魅力的だった」(多田さん)のが「Amazon EC2 スポットインスタンス」でした。スポットインスタンスは顧客がインスタンス価格を入札できるしくみで、入札価格がスポット価格より上回っていた場合に顧客はインスタンスを実行することができます(スポット価格は需要と供給のバランスで決まる)。

 ホンダのように、一時的に大量のHPCリソースを必要とするタスクや、信頼性を高めるための保険的なオプショナルタスクなどのリクエストが多い場合、同じ処理能力をもつEC2インスタンスのオンデマンド価格を大幅に下回るスポット価格で実行できれば、大幅なコスト削減とコンピューティング時間の削減を同時に達成できるのです。

 多田さんは「スポットインスタンスがあったからこそAWSを選んだと言ってもいいくらい」と強調していましたが、この柔軟な価格設定を用意できる底力が、AWSがあらゆる業界/業種で強い理由のひとつだといえます。

 ではホンダは実際にどのような場面で"HPC on AWS"を活用しているのでしょうか。多田さんが紹介したのは、製品設計や性能確認のシミュレーションにおけるCAE(Computer Aided Engineering)での利用です。

 「たとえばFPMD(First Principal Molecular Dynamics; 第一原理分子動力学法)の計算に、VPC内でスポットインスタンスとオンデマンドインスタンスをうまく組み合わせて活用しています。ユーザはSSH経由でVPC内のクラスタマネージャにアクセスし、そこから自動的に計算結果を得ます」と多田さん。FPMDのようなバンド計算には大規模なリソースが必要ですが、大量で一時的な計算にも、複数の処理を並行して走らせる計算にも、EC2インスタンスは適切に対応させることが可能です。

 AWSクラウドを導入したことによる具体的なメリットとして、多田さんは

  • トータルの計算時間が1/3に
  • 一度に1万6000コアものリソースが利用可能に
  • スポットインスタンスを組み合わせたことでオンデマンドだけに比べて70%のコスト削減

 の3つを挙げています。「FPMDのようないつ終わるかわからない計算をするときでもキャパシティの心配をする必要がなくなりました。そしてスポットインスタンスによるコストの削減はやはり大きい。本当にリーズナブルなリソース活用が可能になりました」と多田さん。このスポットインスタンスの効率的な活用は、HPC on AWSを検討している企業にとっても非常に参考になる部分が多そうです。

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著者プロフィール

  • 五味明子(ゴミ アキコ)

    IT系出版社で編集者としてキャリアを積んだのち、2011年からフリーランスライターとして活動中。フィールドワークはオープンソース、クラウドコンピューティング、データアナリティクスなどエンタープライズITが中心で海外カンファレンスの取材が多い。 Twitter(@g3akk)やFacebook(...

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連載:週刊DBオンライン 五味明子

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