多くの企業が人的資本経営に注力する一方で、人手不足が深刻化しています。この逆境を乗り越えるためにAIを資本として経営に組み込む「AI資本経営」を提唱するのが、国内初の1,000億パラメータLLMを開発したストックマークのCEOである林達氏。林氏は企業がAI資本経営にシフトするための戦略とロードマップを著書『CEOのためのAIの教科書』(翔泳社)で解説しています。今回、本書からAI資本経営を取り入れたい企業に必要な考え方を紹介します。
本記事は『CEOのためのAIの教科書 「AI資本経営」を実現する90日ロードマップ』の「序章 生成AIの夜明けと新しいCEO像」から抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
生成AIの民主化と企業へのインパクト
OpenAI社が開発したChatGPTが登場した2022年末を境に、生成AIのインパクトが急速な拡大を続けています。ChatGPT利用者はわずか2か月で1億人を超えるという、過去のAIブームとは一線を画す史上最速のペースで普及しました。
AIブームはこれまでも繰り返されてきました。しかし、高度な汎用性を持つAIが、誰もが使えるチャット型になったことで、初めて「民主化」と呼べるような広がりを見せたのです。
その後さまざまな生成AIモデルが登場し、今や「AIの導入に遅れた企業はビジネスから淘汰される」とまで言われるようになりました。私も、製造業をはじめとしたさまざまな企業のAI導入に伴走してきた実感から、事実だと認識しています。
経済効果について、世界的な会計事務所による試算では、AI導入のインパクトが2035年までに全世界のGDPを15%押し上げるという可能性が示唆されたと報告されています。また、日本政府の「GX2040ビジョンの概要」(※)によれば、生成AIによって引き出される可能性のある日本の生産額は148.7兆円にのぼると試算されています。
一方、デジタル投資で出遅れている日本のデジタル赤字は年を追うごとに拡大し、2030年には年10兆円まで拡大する恐れがあるとの試算もあります(※)。
このような試算を見るまでもなく、生成AIの民主化は企業に多大なインパクトを与えています。生成AIを導入するか否かは、もはや重要な「問い」ではありません。生成AIを導入する「スピード」と「深度」こそが重要であり、中長期的な観点で企業の存続を左右します。
海外における生成AIの導入事例
海外に目を向けると、大手企業が生成AIの導入で目覚ましい成果を挙げています。
例えば米国の投資銀行であるモルガン・スタンレーは、生成AIシステムを社内で運用しており(※)、社内文書の検索、会議内容の要約、そして顧客の期待に合わせたインサイトの提示といったプロセスを自動化しました。これによりフィナンシャル・アドバイザーは、資料作成にかける時間を大幅に削減できるうえに、顧客への提案の質を高められるようになりました。
また、組織横断的な生成AIの導入も海外が先行しています。例えば米国や英国では、病院の大規模ネットワークが、生成AIによる電子カルテの自動作成を推進しています。このプロジェクトの結果、医師1人あたりの電子カルテ作成時間が1日あたり数十分削減され、結果として患者との対話時間が増加する傾向が確認されています。
これらの例が示しているように、海外ではルーチン的な業務プロセスを生成AIが劇的に圧縮しています。そして、生まれた余剰時間は、顧客や利用者の価値につながる業務に再配分されているのです。
日本における生成AIの導入事例
一方、日本の現状も、生成AIの導入自体は進み始めました。コンビニ大手のセブン-イレブン・ジャパンは、店舗運営の効率化と商品供給の安定化を目的として、AI発注システムを導入し(※)、天候や過去の販売データから最適な在庫を維持する体制を構築しています。また、13種類のLLMを社員約8,000人に展開しています(※)。
フリマアプリ大手のメルカリは「AI出品サポート」をリリースし、出品物の写真のアップロードとカテゴリー選択だけで、説明文や価格などすべての商品情報の入力が終わる仕組みを提供しています(※)。
さらに、国内の大手金融機関のほとんどは、業務の効率化を目的として生成AI導入を推進しており、文書検索や資料作成のほか、契約書のチェックや融資の審査など幅広い用途で活用されています。
生成AIは競争優位性を高める「経営のOS」へ
こうした日本の事例は、「先進的な切り口がうかがえるものの、生成AIの導入が実験段階にとどまっている」というのが私の見立てです。海外では、ビジネスモデルの中核に生成AIを据えることで業務プロセスの再設計に注力し始めており、この差は、今後10年で決定的な格差に変わるでしょう。なぜなら、生成AIの普及に火が点いた2022年からわずか2、3年で幅広い産業で変革が起きているからです。
格差が生じるのは、従来業務の効率化の次元ではありません。人間の仕事の定義そのものが急速に塗り替えられており、事業構造が覆り始めています。
世界経済フォーラムによる2025年のレポート(※)では、デジタル活用の範囲が広がることで、2030年までに企業の60%がビジネス変革を行うと予想されています。またインフレや気候変動などの条件も加味した雇用市場の変化については、2025~2030年にかけての構造的変化により、現在の総雇用の約14%にあたる1億7,000万人もの新規雇用を創出し、雇用の喪失を加味しても、7,800万人の純増が見込まれるとの見解を示しています。
AI導入の直接的効果では、50%の企業はAIに対応して事業変革を計画し、従業員の3分の2は特定のAIスキルを持った人材となり、かつ、企業の40%はAIによるタスクの自動化で人員削減を計画するとしています。
レポートを見るまでもなく、AI時代に適応した人材は新しい価値を生み出せる一方、そうでなければ淘汰されると私は考えています。生成AIに対して、「効率化をもたらす便利な道具」という次元の認識にとどめるのは間違いです。市場を拡張し、業務を再定義し、企業の競争優位性を揺さぶる仕組み̶すなわち「経営のOS」として変革に活用するべきなのです。導入を先送りする企業は、意思決定とコスト構造の差が開き、静かに、しかし確実に市場から退場していくでしょう。
日本のLLM開発現場から見える景色
生成AIの世界では、モデル・資本・人材の3つの要素がそれぞれ相互に影響し、加速度的な進化が起きています。数千億から兆単位のパラメータを持つLLM、数万個のGPUを束ねた学習クラスター、トップクラスのR&D人材──こうした必要条件を踏まえると、生成AIの世界は「規模の経済」のメカニズムが強力に作用します。
計算処理や分析などを行うAIデータセンターなど、物理的な規模が大きいほどAIの性能も高まります。巨大なパラメータを持つモデルは汎用性と推論力で優位に立ち、APIやエコシステムを通じて世界市場を飲み込んでいくのです。実際、多くのAIモデルは公開されてプラットフォーム化しており、ネットワークの外部性が強く作用しています。
その半面、生成AIのコアとなるLLMのトレーニングには高性能GPUが必要であり、稼働のために膨大な電力を必要とし相応の冷却能力も求められ、かつAIデータセンターの規模も重視されます。こういった規模の競争環境では、米国と中国が圧倒的に有利です。米国は民間主導の超高速イノベーションで最短距離を猛進する一方、中国は国家総力を挙げた体制で量産と低コスト化を同時に進行しています。
この二大国家は、生成AI開発の戦略は大きく異なるものの、結果として「進歩の速度」と「市場の厚み」で他国を引き離しています。かつて電力インフラの発達が、産業の活性化による経済成長を加速させたように、生成AIを“電力”のごとくインフラとし大規模に活用できることが覇者の条件なのです。
つまり米国や中国と同じ土俵では、経済規模で後れを取った日本が真っ向勝負を挑むことは得策ではありません。勝負を仕掛けるなら、「現場知」「日本語環境」「フィジカルとデジタルの融合」といった日本の強みが生きる土俵に、勝機を掴む余地が残されていると私は考えています。
ストックマークの創業から、さまざまな企業に生成AIを導入してきた中で、高い技術や知識を持つ製造業については特に高いポテンシャルを秘めていると感じています。日本語市場は規模こそ小さいものの、規格・品質・安全・稟議といった「日本ならではの文脈」を理解したAIモデルならば、国外の汎用モデルでは追随できないと考えるためです。製造現場や化学規制、安全教育など、正確さと説明責任が不可欠な領域こそ、日本が世界に先駆けて勝てる土俵なのです。
日本的価値を理解したAIが企業変革の鍵を握る
日本で開発されている生成AIは、軽量モデルでも日本語に特化することで優れた実用性を見せており、専門的で難解な文章の読解でも高いパフォーマンスを発揮しています。つまり、「小さくても力強く機能するモデル」が日本で作られています。
この流れの中に、ストックマークが経済産業省事業の採択を受けて開発中のLLMも位置づけられます。私たちが2024年に開発したLLMは、軽量とはいえ日本で初めて1,000億パラメータを実現し、現在もブラッシュアップを続けているところです。
こうした実践を経る中で、日本企業の強みが生きる生成AIの在り方が見えてきました。生成AIを導入するか否かは、もはや重要な「問い」ではありません。生成AIを導入する「スピード」と「深度」こそが重要なのです。特に日本企業ならではの強みは、大規模汎用モデルが容易に模倣できない「深さ」に到達する生成AIにあると考えます。
現在開発が進む生成AIの一例を挙げると、業務文書や図表、規格や特許など、複雑で難解な文章読解に強いモデルに、RAGやGraphRAGといった技術を組み合わせることで、サポートオンリーの“答えるAI”から、外部サービスと連携し人の代わりに“動くAI”へと進化が始まっています。こういった生成AIに、匠の勘や稟議の作法、顧客文脈といった日本企業特有の暗黙知を掛け合わせることで、日本ならではの文脈である「深み」を理解した生成AIを実現できるのです。
生成AI導入で業務の9割を自動化させる5つの戦略
このような強みの掘り下げが見えてきた一方、日本で生成AIの導入が表層にとどまる背景も、開発の現場でたくさん見てきました。
まず、紙ベースの業務プロセスや属人的なノウハウに依拠しており、このため生成AIの学習に活用できるデータが整っていないことが挙げられます。また、リスク回避的な企業文化が、生成AIを使った試行に歯止めをかけています。
さらに小規模な実証から導入を検証する「PoC(Proof of Concept、概念実証)」に漕ぎつけたとしても、結果の評価や実環境での運用を担える人材が不足している点もボトルネックとなっています。そして、ガバナンスが不明瞭なため責任分担が定まらず「OKが出ない、出せない」といった障壁に直面しています。
こうした背景から、日本企業の多くは生成AIを使ったPoCで足踏みをしており、横並び意識が生成AI導入の遅れに拍車をかけているのでしょう。
そこで、難局を打破するために、私は「土俵を変える5つの戦略」を実践すべきだと考えています。
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データ環境整備
生成AIが本領を発揮できるように、クリーニングと構造化を済ませたデータで環境を整備する。 -
安価で迅速な実用化
モデルの軽量化およびツールとの連携により、安価かつ迅速に実用化する。 -
バリューチェーンの情報接続
段取りから指示までを自動化できる「AIエージェント」の早期実現を目指して、バリューチェーンの情報接続を行う。 -
条件付き許可に基づくガバナンス
安全な思考を促進するため、禁止ではなく条件付き許可に基づくガバナンスへ切り替える。 -
外部依存からの脱却
業務とAIの知識を両方兼ね備えた人材育成により、外部依存から脱却する。
これらの戦略下で生成AIの導入を進めると、業務プロセスの大半を自動化できることに気がつきます。ホワイトカラーが行う資料作成で例えると、情報収集から整理、下書き、レビューまでの9割は自動化されます。
業務プロセスを生成AIに内包させることで、人間の役割は「問いを立てる」「意味を与える」「責任を担う」という意思決定領域へシフトできるようになります。生成AIが事業の前提として存在感を増している今、時代に合った組織の再構築をCEOは迫られています。
「人的資本経営」から「AI資本経営」へ
本書は、企業経営の設計図をAI時代の到来に合わせてアップデートするための、CEOに向けた実務書です。前提として、生成AIの価値を「コスト削減の道具」に矮小化せず、事業活動の基礎として新たな資本の要素に位置づけています。なぜなら、生成AIの普及がもたらす変革は、SaaSをはじめとした既存のソフトウェアのリプレイスにとどまらないからです。
私たちの使うソフトウェアの操作は、ウィンドウを立ち上げたりアイコンをクリックしたりするような人間の視覚をもとにしたインターフェースであるGUIをベースとしています。しかし、生成AIによる変革によりほとんどのソフトウェアは、UXが対話駆動に収斂していく中で、開発・運用のノーコード化が加速し、操作や学習に要する手間が極限まで減少していくでしょう。
結果としてソフトウェアの価値は、GUIのUXに依拠しなくなります。このため、ソフトウェアの導入検討では、焦点がベンダーの選定よりも「モデルとデータの掛け合わせ」にシフトします。このような、生成AI時代の経営アジェンダも、本書で理解を深めることができます。
さらに、コミュニケーションの側面にAIが浸透した先で起きる変革を、本書で展望します。パーソナライズと擬人化を達成したAIは、意思決定の摩擦を低減します。また、生成AIがノンデスクワーカーの業務に浸透し、巨大なDX市場が花開くでしょう。
企業単位のミクロな変化と合わせて、産業全体を巻き込むマクロな変化を押さえることも重要です。大きく進展しているデジタルツインに生成AIを掛け合わせると、緻密なシミュレーションの実現や仮説検証にかかるコスト改善につながります。
また、産業横断的なAIエージェントが浸透すると、リアルタイムの全体最適化メカニズムがサプライチェーンに実装され、新たなエコシステムが形成されます。
「AI資本経営」を実装するための3つの切り口
AI時代に起きる変化に適応するため、CEOが変えるべきことは何でしょうか。私から3つの切り口を提唱します。
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資本の棚卸し
従来の人的資本・財務資本に加えて、新たに「AI資本」を定義します。資本の定義をアップデートすることで、貸借対照表の外側に置かれていた「見えない資産」を可視化します。
(AI資本の内訳例:データ、ナレッジ、モデル、推論基盤、評価・監査メトリクス) -
経営資源の配分
経営管理にAI資本の視点を組み込むため、人材の採用・育成と同等の真剣さで、データとモデルに継続的な投資を行います。また、HR部門に相当するAIR(AI Resources)部門を設置し、「モデルを雇う/育てる/休ませる/入れ替える」といったオペレーションを、人材育成同様に組織に浸透させます。 -
ガバナンスとリスク
人的資本や財務資本と同様に、AI資本の固有リスクを情報セキュリティーと法務の枠を超えた形で経営課題に統合します。
これらの考えをもとに本書は、「AI資本経営」を実装するためのフレームワークを提供します。これは、私の商社時代の経験やストックマークでAI導入を行ってきた知見に基づいています。特に、実装の進めやすさを重視して、業務の流れをテキストワークから変えていく点が特徴です。
日本のホワイトカラーは膨大な時間をテキストワークに費やしています。この時間を人件費に換算すると、国内製造900社を合わせただけでも数兆円規模のコストを投じていますが、ほとんどが顧客価値に直接貢献していません。この広大な領域に変革を起こすと、企業の文化と業務の流れに転機が訪れます。すなわち、検索から推薦へ、属人から共有へ、作成からレビュー中心へといった転換が起きるわけです。
第10章では、フレームワークと合わせて、変革を社内に広めるための部門横断ロードマップを提供します。最初の30日間の現状診断および経営コミットメント、次の30日間のパイロット実装およびリテラシー強化、最後の30日間のスケール設計およびモニタリングの3つのフェーズで構成しています。
そして最終章では、人的資本とAI資本のシナジーに焦点を当てます。生成AIは業務プロセスの大半を担えますが、「問いを立てる」「意味を与える」「責任を担う」といった人間固有の役割は自動化できません。逆に言えば、生成AIに多くを委ねるほど、人間固有の役割に人的資本を集中できるのです。一方、生成AIが浸透するほど、業務の最適化が隅々で実現されると、企業の“らしさ”はどこに残るのか̶この視点も提供します。
本書読了後には、AI資本経営の第一歩がはっきりと見えてきます。その一歩を踏み出すかどうかは、あなたの意思決定にかかっています。
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【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社
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