データ活用の重要性が叫ばれて久しく、「AI時代」と呼ばれる転換点を迎えてもなお多くの日本企業が二の足を踏む状況だ。そこで本稿では、『成果を生む 攻めのデータガバナンス』(翔泳社)の著者である小林靖典氏へのインタビューを通じ、ビジネス成果に直結する「攻めのデータガバナンス」のエッセンスをお届けする。
10年経っても変わらない日本企業の課題 なぜデータ活用はIT部門の仕事止まりなのか
2026年4月13日に刊行された『成果を生む 攻めのデータガバナンス』の著者である小林靖典氏は、大手国内コンサルファームを経て、現在はショーリ・ストラテジー&コンサルティングにて活動しており、データマネジメントやデータガバナンス領域で多数の実績を有するデータの専門家だ。長年にわたりデータ活用の現場を見てきた小林氏は、「10年以上にわたりデータ活用の重要性が叫ばれてきた一方で、多くの日本企業ではデータを経営資産として統制し、活用するための仕組みづくりが未だに十分とはいえない」と停滞感を指摘する。
多くの企業が「データこそが重要だ」「データドリブン経営でやっていこう」と旗を振っているものの、実態としては本質的な統制がとれていないケースが大半だ。その根底にある要因の一つは、データを資産として捉えきれていない意識の問題だ。「財務部や経理部などが資金を管理している一方、『データは資産だ』と言っていても、IT部門に一任してしまっているケースは多い」と小林氏。この「IT部門任せ」の姿勢こそが、データ活用の障壁となっているという。
一般的にIT部門はシステム導入・運用を担うものの、会社全体のデータをビジネス観点をもって統制・整備するというミッションまで課されていないはずだ。結果として、データウェアハウスやデータカタログのような“箱物”だけがつくられ、実業務へと還流されないまま、現場では「人力でデータを集めている」「特定の人に聞かないとデータの所在がわからない」といった、アナログで非効率な状況が放置されてしまう。
そこで小林氏が訴えるのは、「データガバナンス」の重要性だ。単なるルール整備ではなく、「組織としてデータをどのように活用するか」を意思決定するための方策として実践すべきだと主張する。
『DMBOK』の初版が世に出てから15年以上、日本企業はDXの潮流に乗りながら、データ領域にも莫大な投資を行ってきた。しかし、その多くが部分的な最適化にとどまってしまい、データを経営資産として統制しながら活用する段階には、なお至っていない。この現状を打破するためには、データをITの一部としてではなく、経営の根幹を支える資産として再定義し、組織的に向き合う姿勢が不可欠だ。そして、ここ数年で爆発的に浸透した「AI活用」という言葉を単なるバズワードで終わらせないための鍵は、データガバナンスが握っている。
AIが突きつける現実 ツール先行型のデータ活用が失敗する理由とは
近年、生成AIの急速な普及により、企業内にある膨大なデータをAIに学習・分析させようという動きが加速している。メールや議事録、機密資料といった非構造化データも活用の対象となり、一見するとデータ活用の可能性は飛躍的に広がったように見えるだろう。しかしながら、小林氏はこのブームの裏側にある深刻な課題を指摘する。それは、データの定義や品質を無視した、拙速なツール導入だ。
「『ツールを導入すればデータがつながる』『ツールを導入すればデータを使える、AIでも改善できる』といったように、表面上の効果しか見えていない企業は少なくない」(小林氏)
たとえば、AI搭載型のデータ基盤を導入したとしても、入力される営業データの定義がバラバラであったり、独自の略語が多用されていたりすれば、AIは正しく学習できずに期待した成果は得られない。このような製品・ツールありきの考え方は、多大な投資を無駄にするリスクを抱えている。小林氏によれば、データ基盤導入に数十、数百億円と投資しても「データが使えない」という事態に陥り、炎上しているプロジェクトは決して珍しくないという。その原因の多くは、データ基盤の導入前に「どのようなデータが必要で、どのような条件で管理すべきか」というガバナンスの視点が欠落していることにある。
だからこそ、先述したデータガバナンスを適切に実践していかなければならない。とはいえ、一般的にデータガバナンスといえば、内部統制やセキュリティのために利用を制限するような「守り」のイメージが先行しがちだ。しかし、小林氏はあえて著書でも「攻めのデータガバナンス」という言葉を選んでいるように、データから価値を生むためにこそデータガバナンスが必要だということに気づいてほしいと訴える。
特にAI時代におけるデータガバナンスは、AIが正しく、かつ効率的に学習できる環境を整える攻めの役割を担う。たとえば、営業活動のデータを整理し、AIによる分析結果をマーケティングや製品戦略にフィードバックさせることで事業に寄与する。データガバナンスをビジネス価値創出のための仕組みとして企業活動に組み込んでいくことこそが、AI時代を勝ち抜く鍵だ。
そのためにも「ツールを導入すれば改善する」という幻想を捨て、まずは自社のデータがどのような状態で、どのようにあるべきかという分析から始めることが肝要となる。
守りではなく、攻めるための「データガバナンス」実装へ
データガバナンスを単なる理想論で終わらせないこと、今回小林氏が筆をとった最大の理由がそこにある。著書『成果を生む 攻めのデータガバナンス』では、実務で利用できる具体的なフレームワークなどを掲載。「組織・戦略・実行」という3つの枠組みに対し、「データ活用・データ管理・データ統制」という3つの軸を掛け合わせながらも、抽象的になりがちなデータガバナンスの概念を、日々の業務やプロジェクトの中に落とし込むための“実践書”となっている。
小林氏が強調するのは、「教科書を書きたいわけではなく、実務で使えるものにしたい」という徹底した現場視点だ。戦略策定からデータの整備、さらにはMDM(マスターデータマネジメント)システム導入や内部統制の対応まで、様々なビジネスシーンに適用できるように書かれている。
データウェアハウスやMDMのようなシステムを導入するにあたっても、自社の「成熟度」を正しく見極められなければ失敗に終わる。「自分たちがどのようにデータをつくり、管理していくのかが見えないまま、データウェアハウスやMDMを導入しても成功しない」と小林氏。まずは、自社の文化や現状のIT基盤にあわせ、どのような体制を構築すべきかを先行して検討すべきである。言ってしまえば、データガバナンスには必ずしも莫大な投資が必要なわけではない。むしろ、「組織的なデータ活用に向けた、考え方を取り入れるだけでいい」と小林氏は語る。
データガバナンスに基づくアプローチを取り入れていくことで、なぜデータウェアハウスやMDMを導入したいのか、その根拠や必要性を明確に示せるようになるため、経営層やCDO(最高データ責任者)の説得に悩んでいる方にも本書が役立つだろう。
最後に、小林氏はデータの最前線で奮闘する担当者に向けて、「データ課題を放置しているがために投資が失敗する例は非常に多い」とあらためて注意を促す。システム投資やツール導入に踏み切る前に、まずはデータそのものと向き合い、自社が今どこに位置しているのかを見極めることが、失敗しないための第一歩である。
データは、組織のあらゆる部門をつなぎ、バリューチェーン全体を支える資産だ。発生源から活用先までを見通し、組織全体でデータを磨き上げる「攻めのデータガバナンス」を確立すること。それこそが、これからのAI・データ主導社会において真のプレゼンスを発揮するための道に他ならない。
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岡本 拓也(編集部)(オカモト タクヤ)
1993年福岡県生まれ。京都外国語大学イタリア語学科卒業。ニュースサイトの編集、システム開発、ライターなどを経験し、2020年株式会社翔泳社に入社。ITリーダー向け専門メディア『EnterpriseZine』の編集・企画・運営に携わる。2023年4月、EnterpriseZine編集長就任。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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