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【入山教授×トレジャーデータ堀内氏】DXと「両利きの経営」との深い関係

「PLAZMA 12」レポート#02

 コロナ禍で企業活動が大きく制限を受ける中、難局を乗り切る手段として期待されているのがデジタルトランスフォーメーション(DX)である。2020年7月14日から16日にかけ、トレジャーデータが開催したオンラインイベント「PLAZMA 12」では、ゲストに早稲田大学大学院の入山教授を迎え、「DXとイノベーション」をテーマに経営学における最新理論のエッセンスが紹介された。

<p>早稲田大学大学院経営管理研究科 早稲田大学ビジネススクール 教授 入山章栄氏<br />
  トレジャーデータ株式会社 マーケティングディレクター 堀内健后氏</p>

早稲田大学大学院経営管理研究科 早稲田大学ビジネススクール 教授 入山章栄氏(左)
トレジャーデータ株式会社 マーケティングディレクター 堀内健后氏(右)

デジタルが得意とする「知の深化」

堀内:データの活用やDXに関心を持つ人たちが増えています。今、なぜDXが必要になるのでしょうか。

入山:イノベーションを起こすために不可欠な考え方として、世界の経営学の世界で確立されているのは「Ambidexterity」です。実は、2012年に出した初めての著書『世界の経営学者はいま何を考えているのか』で紹介するまではよくあまり知られておらず、直感的な訳にしたいと思って「両利きの経営」としたんです。古くはシュンペーターの時代からイノベーションの基本原理は、既存の知と知を組合せ、新しいアイデアを創り出すことにありますが、長く同じ組織にいる人たちほど目の前の組合せにしか気付けない。この限界を打破するために必要になるのが、遠くの知を探索する「Exploration」です。遠くの知と既存の知を組合せ、深掘りして、磨き込む。「両利きの経営」とは高いレベルで「知の探索」と「知の深化」のバランスを取ることを意味します。

堀内:知の探索では、試してみて失敗したとしても、リカバリーして次のチャレンジをしないといけないと。

入山:2つのうち、知の深化はAIやRPAがほとんどを担うことができますが、間違えた後にもう一度チャレンジをすることは人間にしかできません。これからは今まで知の深化に割いていたリソースを知の探索に移さなければならない。人間が人間らしい仕事に専念するためにも、これからの時代はDXが必須です。理由は単純で、イノベーションを起こすために不可欠だからなんですね。

堀内:「知の探索」もコミュニケーションの部分はデジタルでできますよね。シリコンバレーに行かなくてもZoomで話ができるわけで、以前と比べると垣根が低くなったと感じます。

入山:そうですね。知の深化を任せるだけでなく、知の探索についてもコミュニケーション手段という意味でデジタルの拡張性が高まっています。コロナ前からシリコンバレーのベンチャーキャピタルはZoomを使っていましたが、最近では初回のミーティングはZoomで行うのが定着したそうです。理由は断りやすいからだそうです。人柄は最初の10分くらいでわかるのですが、対面ではダメだと思っても30分ぐらいはお義理でも付き合わないといけない。Zoomになるとそれがなくなる分、短い時間でたくさんの人と会えるようになるわけです。それでいて、本当に信頼関係を作らなければならない場面では会う。オンラインとオフラインの使い方が変わってきているわけで、これも知の探索の一つの形だと思います。

デジタルが「知の探索」に寄与する余地

堀内:5分でも時間をもらえれば、スタートアップにとってもチャンスは広がります。これからはデジタルで距離を飛び越え、同じ知的好奇心を持つ人たちが異なる知を持ち合い、探索に寄与することが増えるのでしょうか。

入山:コロナ前は、「デジタルがあれば特定の場所に集まる意味がなくなる」と言われていました。でも実際は逆で、そこでしか得られない情報や関係構築を求めて、狭いシリコンバレーに人が次々に集まってきたわけです。それがZoomのような新しいコミュニケーションの手段ができて、既に信頼関係が構築できているならば、実際の距離は離れていてもやりたいことをすぐに実行に移せる。これからは都市のあり方が根本的に変わると思います。

堀内:トレジャーデータは米国本社の会社なので、最初はZoomでという営業ミーティングが多いです。これが日本では「コロナが収束したら会いましょう」とミーティングが延期になる。既に信頼関係ができていればいいのですが、新しいお客様の時間を5分確保してもらうにもかなり工夫が必要と感じます。

入山:その通りですね。デジタルの仕掛けを使ったコミュニケーションを取る力や意識の差で、相当差が付くと思います。宮崎に本社を置く一平ホールディングスという優良企業の社長を務める村岡浩司氏によれば、以前は段階を踏む必要があった新規のお客様との商談が、一度Zoomで会えたら一気に進むそうです。逆に雰囲気で勝負するタイプの「オーラおじさん」は難しい。相手に伝えたいことを言語化する力で差が付きそうです。

堀内:購買側も積極的にミーティングを入れればいいし、必要なければ断れば、商談のサイクルが早くなるでしょうし、引いては経営の意思決定も早くなりそうですね。

目先の分析結果よりも中長期的な腹落ち

入山:僕がDX関連の講演で話すテーマは主に2つあります。一つは先ほど話した「両利きの経営」、もう一つが「センスメイキング理論」です。トレジャーデータさんの前で言うのは少々気が引けるのですが、不確実性が高い時代に最もやってはいけないことは、正確な分析に基づいた将来予測です。分析は重要ですが、変化が激しいと予測の前提条件そのものが変わってしまう。ですから、分析結果に頼り切るわけには行かないのです。

 重要なのはむしろ「Plausibility」で、日本語では「納得感」、平たく言えば「腹落ち」です。自分たちがどんな会社で、世の中にどう価値を提供して、どう儲けるか。この大きな方向性に対する「腹落ち」が組織の中で徹底されていれば、幅広い「知の探索」が可能です。この探索にはとにかく失敗が付き物ですから、腹落ちがないとできない。僕はそれがDXにも関係すると思います。過去の「何とか経営」がうまく行かなかったのは、会社としての意思が組織から失われてしまったからです。同じように、目的がはっきりしないままDXを進めると成果を得られないのではないかと危惧しています。

堀内:トレジャーデータの製品も導入自体は簡単ですが、「とにかくデータを貯めればいい」という姿勢の場合は失敗しますね。もっと言うと、SaaSのビジネスモデルは解約が容易なので、お客様には使いこなしてもらう必要があります。お客様がデータで価値を生み出し、売り上げに寄与したいと考えて提案するのですが、何のためのDXなのか。目的を明確にして進めないと、既にデジタル化した企業に負けてしまう。現在、マーケティング関連ツールは約8000あり、一社で全部を試すことはできません。探索する人は探索で忙しいし、同じ人が両方の役割を担うのは難しいですが、役割を分担することは可能です。面白いと思って「探索」をどんどん進める会社から成功するのではないかと考えています。

入山:センスメイキングがなぜ必要かと言うと、目先の分析結果よりも中長期的な納得感を重視することで、10年先を見据えた投資ができるからなんです。現時点ではまだ小さくても、安い分たくさん投資できます。一部の投資が成功しなくても、数年経って有望なものが出てくれば刈り取る。会社の方向性からズレてくれば売る。海外の企業がこの「安く買って高く売る」をできるのは、中長期的な納得感があるからです。一方、日本のコロナ前のM&Aの傾向を見ると、大企業がもうでき上がっているビジネスに対して巨額の買収をしている。

堀内:それでは確立した売り上げはあっても、組織を統合したときのシナジーがあるかもわからないですよね。納得感がなければ投資もできない。小さくても納得感があるものに厳選して投資をして、いろいろ試す中で初めて成功があるとわかります。

入山:日本企業が「安く買って高く売る」ができないのは、トップの任期が短いことが理由です。2年2期あるいは3年2期だとすると、自分の任期中に10年先を見る気にはなれない。でも、イノベーションを起こしたいのなら、10年以上かかることに責任を持ってやらないといけない。ですから上場企業で結果を出している企業は創業経営者がトップか、同族経営になってしまいますね。目先の利益よりも中長期的なファミリーの幸せを追求するので、納得感を持って大きな絵を描きやすいわけです。

オンライン会議の限界とリアルで会う理由

堀内:スモールスタートには勇気も必要です。現状を打破するために納得感が重要だとして、何から始めればいいでしょうか。

入山:僕の高校の同級生でもあるWiLのCEO伊佐山元くんは「変化を起こせるようになりたいのであれば、今日の帰りの電車で降りる駅を変えてみてはどうか」と言っていました。最初は小さいことでいい。降りる駅を変えてみれば、駅の周辺にはこんな店があると気付く。少しずつ変化の習慣化を積み重ねることで、徐々に変化が面白くなってくると思います。スティーブ・ジョブスの「Connecting the Dots(点と点を繋ぐ)」もそうで、好きなことを試してみるうちに、後から振り返るといろいろなことが繋がっていたとわかる。

堀内:そこも自分自身で腹落ちしていないといけないのではありませんか。

入山:何となくでも自分が好きなことをやってみることですね。それから好奇心。素晴らしい経営者は100%好奇心が強いし、共感の幅が広いという共通点があります。

堀内:最後にもう一つだけお願いします。入山先生は『世界標準の経営理論』の14章で「トランザクティブメモリーシステム(TMS)」について取り上げていました。TMSを高めるには対面での交流が重要になりますが、現在の環境ではなかなか難しいと思います。どうすればZoomでも打ち解け合うことができるのでしょうか。

入山:僕なりの見解になりますが、Zoomを世界中が導入しましたが、5年後にもあるかはわかりません。デジタルの世界は日進月歩なので、中長期的にZoomを上回るコミュニケーションツールが出てくる可能性もあります。例えば、Zoomでは雑談ができないという指摘がありますが、であれば雑談の時間を作ればいい。大阪で大企業のイノベーションサポートをしているフィラメントという会社では、Zoomでの公式雑談タイムを作っているそうです。

堀内:それはトレジャーデータでも取り入れています。

入山:フィラメントCEOの角さんは「雑談こそ未来の可能性の塊である」と話していました。Zoomでは、どうでもいい話をしにくくなる分、意図的にそのための時間を作っているわけです。リアルの価値は腹落ちと共感にあります。元々共感性の高いスタートアップであれば、全部をデジタルでやることもできるでしょう。でもそうではない会社の場合、長く仕事をしているうちに「あれ?なぜ俺はここで働いているのか」となる。

 共感性を維持するためにはリアルは必要です。五感の中で視覚と聴覚はデジタルに取られたとしても、残りの3つは伝えられない。例えば音楽のライブでは、観客の熱気や体で感じる振動も含めた体験を提供しています。その3つを伝えることがリアルで会う理由になるかもしれません。

堀内:確かに海外のイベントは高揚感が違います。ウェビナーの場合は「ながら視聴」もできますし、次の行動につなげてほしいという思いがありますが、そこまでの体験が提供できているか。リアルでは五感全体に訴える企画が重要になりそうですね。

 

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この記事の著者

冨永 裕子(トミナガ ユウコ)

 IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...

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