日本オラクル副社長から老舗オフィス家具メーカーへ──最初に出会った「前例主義」の壁
日本電信電話株式会社やサン・マイクロシステムズ、そして直前は日本オラクルの取締役 執行役 副社長 最高執行責任者の立場だった湊氏は、創業1890年、130年以上の歴史がある老舗オフィス家具メーカーのイトーキに転身した。就任した当初、イトーキの経営層のITに対する「無頓着さ」には驚かされたと言う。
経営層はもちろん、ITシステムの予算執行などの判断は適宜行っていた。しかしその中身に関しては、あまり関心がなかったようだ。またIT部門も「前例踏襲主義」で、今までやってきたことにさして疑問も持たず、大きな見直しなどもしてこなかった。つまりIT部門は受動的な組織となり、ITシステムにかかるお金はまさにコストとなっていたのだ。
一方で「業務の現場では、創意工夫をしていました。たとえば家具を製造する工場では、品質担保のために画像認識などのAIを活用していたのです。椅子の開発ではバーチャルリアリティー技術を用い、仮想的に椅子を設計するような取り組みも行っていました」と湊氏。かなり先端的な技術を、現場エンジニア自らが開発し活用しているところもあるのだ。
ログインIDはメールアドレス、パスワードは個人情報!?
とにかく、イトーキのIT環境には課題が多かった。「驚いたのは、ITシステムへのログインIDがメールアドレスで、パスワードは個人情報から得られる情報を固定化していたことです」と湊氏。つまり簡単にID、パスワードが特定でき、システムに容易に他人がアクセスしかねない状態だったのだ。これは大きなリスクだったが、IT部門はそれが問題とは特に認識していなかった。一方ビジネス現場では、課題を解決するのに最先端技術を率先して使っている。このようにイトーキにおけるIT活用は、かなりちぐはぐだった。
湊氏は、まずさまざまなビジネス現場を見て回った。工場などでは担当者毎に利用時間を割り当てて共有PCを利用していた。結果的に紙の書類や図面などを使うアナログな職場環境となり、効率的ではなかった。現場担当者に話を聞けば、個人用のノートPCやiPadなどが欲しいと言う。そこでそれらを社員が選べるようにしたが、改めて要望を聞くと現場からはいらないとの答えが。保守的な考えの上司などからノートPCやタブレットをなくすと始末書だなどと脅され、それなら欲しくないとなっていたのだ。
そこで、半ば強制的に現場にiPadを配る。その結果、紙や回覧板で行っていたような業務が、デジタル化し効率化する。さらに「現場からは新たなアイデアも生まれています。工場などでは、QRコードを読み込めば直ちに必要な情報が見られるような仕組みも生まれています」と湊氏は言う。比較的若手の多い工場などにはデジタルネイティブな人材も多く、便利なツールさえあれば、自ら考え工夫する文化がイトーキに定着していたのだ。