
本連載では、ITプロジェクトにおける様々な勘所を、実際の判例を題材として解説しています。今回取り上げるテーマは、「ベンダーに発注した『アジャイル開発型プロジェクト』が頓挫、責任は誰にある? 管理義務の本質を考えよう」です。近年、柔軟性とスピードを重視したアジャイル開発によるプロジェクトが一気に増えました。しかし、プロジェクトマネジメントに向き合う心構えが従来のウォーターフォール型開発のままアップデートされておらず、ユーザーとベンダーの間で紛争となるケースが少なくありません。皆さんの考え方はいかがでしょうか。本稿で、実際の裁判事例を見ながらアジャイル開発における「プロジェクトマネジメント義務の“本質”」に迫ります。
アジャイル開発ならではの落とし穴、プロジェクト管理義務が争われた事例
「アジャイル開発だから、仕様は後で決めましょう」「まずは動くものを作って、後から改善していきましょう」……こんな言葉を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。従来のウォーターフォール型開発とは異なり、短いサイクルで開発と改善を繰り返すアジャイル開発は、変化の激しいIT業界において重要な開発手法として注目されています。しかし、この柔軟性が時として大きな落とし穴となる場合があります。
たとえばベンダー側からは、「仕様が決まっていないから完成しなくても仕方ない」「ユーザーが要求を整理してくれないから開発が進まない」といった声が、一方で、ユーザーからは「お金を払ったのに何も完成しなかった」「ベンダーがプロジェクトを適切に管理してくれなかった」といった声がたびたび聞こえてきます。こうした対立が法廷に持ち込まれたら、裁判所はどのような判断を下すのでしょうか。
今回は、eスポーツ事業を展開する会社がゲーマー向けソーシャルアプリの開発を外部に委託し、2000万円を支払ったにもかかわらず、完成に至らなかった事例を取り上げます。アジャイル開発の現場で実際に起こりうる問題を通じて、ベンダーとユーザー双方が負うべき責任について考えてみましょう。
東京地方裁判所 令和3年11月25日判決より
eスポーツ事業の企画・運営等を行う原告(以下発注者と言う)は、ゲーマー向けソーシャルアプリの開発を構想し、開発ベンダーである被告(以下開発ベンダーという)との間で、平成28年8月18日に、ゲームに参加する人をマッチングし、参加者同士がコミュニティを形成するソーシャルメディア機能を有するソフトウェアを開発する契約を締結した。対価の額合計は2450万円であり、その支払は1000万円、1000万円、450万円の3回に分けて行われる予定で、最後の450万円は納品物を納入後に支払うこととなっていた。
契約締結前の交渉において、発注者は検収に合格しなかった場合の返金条項を求めたが、開発ベンダーは「返金を想定しておりません。請負契約というよりは準委任契約をイメージしております」と回答し、「準委任契約は業務の遂行そのものが目的でありますので、貴社の意向に沿って開発は行いますが、返金対応は致しかねます」との立場を示した。
この交渉を経て、契約には2450万円のうち、3回目の支払い分を除いた2000万円は開発ベンダーの労務提供に対する対価であって、開発ベンダーはいかなる場合でも発注者から受領した業務対価は返金しない旨の条項が定められた。
当初の予定された期限(2017年1月31日)を過ぎても本件ソフトウェアは完成せず、作業は続けられた。2017年8月には開発ベンダーから「現状の機能で一旦リリースはちょっと厳しい」「アプリとして破綻しているって感じです」といったメッセージが送られた。同年9月には仕掛品が納品されたが、結局開発は頓挫した。
発注者は、ベンダーが開発したソフトウェアが不十分で納期も大幅に遅延したことから、不完全履行及び履行遅滞により契約を解除したと主張し、既払い金(2000万円+税)について不当利得返還請求、解除に伴う損害賠償請求又はプロジェクトマネジメント義務違反の不法行為による損害賠償請求を行った。
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細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員1964年神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。大学を卒業後、日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステムの開発・運用に従事した後、2005年より20...
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