
生成AIブームで再注目されるデータ基盤ですが、多くの企業でSalesforceやCRMシステムが「使えないデータの墓場」と化しています。歯抜けデータ、重複レコード、価値の薄い情報が蓄積される現実。根本原因は技術的な問題ではなく、組織構造と人材の問題にあります。短期的成果を重視する現場の圧力、個別最適と全体最適の対立、技術的負債が複合的に作用し、データ活用を阻害しています。今回は「データありき」の発想が失敗を招くメカニズムを分析し、「顧客マスタ」「商品マスタ」「名寄せ」などの基礎課題から段階的成長のロードマップまでを解説します。
「データ基盤が重要」「CRMを活用して顧客データを分析し、売上向上につなげるべき」──。生成AIブームを経て、改めてこうした声が聞かれるようになりました。しかし、多くの企業で実際に起きているのは、SalesforceやCRMシステムが「使えないデータの墓場」と化している現実です。
せっかく導入したCRMに蓄積されるのは、歯抜けデータ、重複レコード、価値の薄い情報ばかり。エージェント時代に向けたデータ基盤整備やAPI連携を語る前に、なぜ既存のシステムが機能しないのか。その根本原因は、技術的な問題ではなく、組織構造と人材の問題にあります。
生成AIの進化とともに、「分かっている風」を装うポーズも目まぐるしく変化してきました。当初の「新しいビジネスアイデアを狙っている」から、「プロンプトやRAGが重要」、そして最近では「基礎が重要」という立場まで。確かにどれも重要です。しかし、本当にエージェントのためのデータ基盤やMCPコネクタを本気で整備しようと考えているのか、それとも単なる合言葉なのか──その違いが、データ活用の成否を分けるのです。今回は、SalesforceやCRMを題材に、データが「宝の山」ではなく「墓場」になってしまう構造的要因と、それを乗り越えるための段階的アプローチについて考えていきたいと思います。
なぜCRMが「使えないデータの墓場」になってしまうのか
現場のデータ管理者、CRMなどの情報システム管理者から聞く悩みごとは、今も10年以上前もあまり変わっていません。たとえば、以下のようなものです。
「そもそも顧客マスタ、商品マスタなんてものはない。部門ごとにそれぞれ用意している」「データ品質の重要性が分かってもらえない」「データはあるが汚い、整理する時間も予算もない」
せっかく、情報を活用していこうと箱を作ったものの、結局集めたデータは歯抜け、重複、価値の薄い内容しか記載されていないものばかり……という現場は絶えません。

データが汚いとか品質が低い、という話は抽象的でいけませんので、具体例を挙げていきます。
重機メーカが本社で、グループ子会社の販社がエリア別に存在するという、製販分離の企業グループをイメージします。
メーカー側はマーケティングやキャンペーン等で需要創造しつつ、販社から実際に需要を集約して、製造物流計画にも活かす必要があるので、グループとして一体のシステムを提供します。ただ、全体最適を考えて、販社ごとに供給条件や販促コストを調整したりすることもあったり、顧客は都道府県別のテリトリで厳密に管理していたりするため、販社同士はお互いの情報を共有しません。
販社ごとに記録された取引先マスターは、もはや顧客データベースというよりも納入先を管理するためのマスターとなっています。また、エリアごとに有力な業販店・代理店と組んで販売活動をしているためエンドユーザーの企業名や企業数は注文書の備考欄や配送伝票を頼りに名寄せするしかありません。同一の法人をグループ全体で認識するIDは存在せず、移転があれば移転先の販社で新規顧客扱いとなり、同じブランドとして円滑にサービスを継続できません。販社ごとに提供している仕組みはある程度同じですが、個別要件を聞きすぎていて、共通の属性情報が全く取れていません。
記載した企業の事業概要と、CRMシステムのデータ課題を図に整理しました。

こういったシステムを基盤としているようでは、エリアごとの格差問題や、グループ内での過度な競争・カニバリゼーションを防ぐことは難しいように思います。グループ全体として業界シェアを成長させていくような戦略的施策の実現難易度は高いデータ基盤と言えるでしょう。
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- この記事の著者
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佐伯 葉介(サエキヨウスケ)
株式会社ユークリッド代表。SCSK、フレクト、セールスフォース・ジャパンを経て、2019年にリゾルバを創業。2023年にミガロホールディングス(東証プライム)へ売却。著書『成果を生み出すためのSalesforce運用ガイド』(技術評論社)。一般社団法人BizOps協会エキスパート。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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