AIエージェントやフィジカルAIの時代が到来する中、日本の製造業が真にDXを進めるには、単なる技術導入にとどまらず、現場ノウハウや暗黙知のデータ化、組織文化や風土の改革が不可欠となる。福本勲氏は、ユーザー企業自身がデータ整備や運用を担う重要性を強調。ドイツなど海外先進事例も紹介しつつ、日本企業がフィジカルAI時代に強みを発揮するための文化・体制変革と、現場で実践すべきポイントを具体的に提案する。
AI時代、勝負を分けるのは「データを握る側」
──『製造業DX Next Stage: 各国/地域の動向やAIエージェントがもたらす新たな変革』(2025年)を出版されました。日本の製造業のDXの現在地と課題を非常に詳しく解説されており、多くの示唆が得られました。その上で伺いますが、フィジカルAIやAIエージェントへの期待が高まる中、日本の製造業にとって本当にチャンスと言えるのでしょうか。「暗黙知とフィジカルAIで日本復活」という論調もありますが。
福本:チャンスはあります。ただし、条件付きだと思います。
まず、AI活用において、これまでのシステム開発と決定的に異なる点があります。従来のシステム開発は、ユーザー企業が仕様書をベンダーに渡せば、あとはベンダーが作ってくれました。しかしAIは違います。仕様書だけでなく、データをユーザー側が用意しなければならないのです。
自社にどんなデータがあり、その精度はどうか、AIを育てるために今後どんなデータを蓄積すべきか──これをユーザー企業が自ら考えられないと、使い物になるAIにはなりません。データの品質がAIの品質を決めるわけですが、データはベンダーには用意できない。つまり、AI時代は成功の鍵がユーザー企業側に移ります。これに気づいて動ける企業と、従来どおり「ベンダー任せ」の企業では、決定的な差がつくでしょう。
その上で「フィジカルAIで日本復活」の話ですが、日本の製造業の知見のクオリティは間違いなく高い。問題は、言語化とデータ化が進んでいないことです。知見がきちんと抽出されてデータ化や構造化がされれば、フィジカルAIと組み合わせて強力な武器になり得ます。しかし、「暗黙知のままであることに価値がある」と言い続けるなら、厳しい結果になるでしょう。
実際、自動車の自動運転ではすでに欧米や中国に大きく差をつけられています。ヒューマノイドロボットの世界では、ティーチング自体が不要になり、物理モデルの中で学習する方向に進んでいます。匠の技を「見て覚えさせる」という発想自体が、時代遅れになりかねません。
日本の「現場力」が足を引っ張っている
──IPAの調査などを見ると、日本の企業の場合、経営者がDXの成果がわからないと回答している率が欧米に比べて高いようです。しかし、DXの進捗についても、日本の経営者は控えめで「達成した」と言わないだけで、実は進んでいるという見方もあります。実際のところはいかがでしょうか。
福本:進んでいるところは確実に進んでいます。日立製作所の大みか事業所は「Global Lighthouse(グローバルライトハウス)」認定を受けています。これは世界経済フォーラム(WEF)が先進的なデジタル活用工場を表彰する制度で、大みか事業所は2019年に日本企業として初めて認定されています。日本企業は自ら発信しない企業も多いと思われるのですが、グローバル水準の取り組みを行っている事例は存在します。
しかし全体として見ると、「現場力」という強みが、足を引っ張っている面がある気がします。
1990年代にサプライチェーンプランニング(SCP)ソフトウェアがグローバルで流行したとき、日本ではあまり導入が進みませんでした。理由は、日本の現場の人間は、グローバル拠点の在庫がどこにいくつあるかを何も見ずに答えられたからです。システムがなくても、人間の頭で回せてしまった。一方、欧米の現場はシステムに頼ってデータを確認する文化がある。当時はどちらが優れているとも言えなかったかもしれません。しかし今、人が減っていく中で、その差が明確になり始めています。
さらに深刻なのは、フロントローディング(初期工程に重点を置いて集中的に労力・資源を投入し、後工程で予想される仕様変更などの負荷を前倒しすることで、品質の向上やリードタイムの短縮を図る手法)が進まない問題です。日本の現場は賢いので、設計図が微妙でも現場で直してしまう。しかもその修正を設計にフィードバックしない。欧米はジョブディスクリプションが明確なので、設計通りに作るのが現場の仕事。設計が悪ければ設計を直させる。現場がどんどん自動化される未来を考えると、設計へのフィードバックがない日本式は致命的な弱点になります。
もう一つ、現場を人の力で改革してきた人は、そのノウハウを持っていることが自分の価値だと考えている。だから同じ会社の人にもノウハウを教えないということが起きる。その文化がある限り、いくらAIを導入しても活用しきれません。DXが進まない根本は、テクノロジーの問題ではなく、こうした組織文化の問題なのではないでしょうか。
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京部康男 (編集部)(キョウベヤスオ)
ライター兼エディター。翔泳社EnterpriseZineには業務委託として関わる。翔泳社在籍時には各種イベントの立ち上げやメディア、書籍、イベントに関わってきた。現在はフリーランスとして、エンタープライズIT、行政情報IT関連、企業のWeb記事作成、企業出版支援などを行う。Mail : k...
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