“全銘柄停止”の悪夢から5年──CIOが「4代目株式売買システム」で見据える“攻めのJPX”への道筋
復旧時間を150分から90分に:システムへの過信を捨てたレジリエンス向上の軌跡
2024年11月、東京証券取引所(以下、東証)の株式売買システム「arrowhead」が4.0へとバージョンアップを果たした。日本の金融市場の中枢を担うこの巨大システムの刷新は、2020年10月に発生した大規模システム障害という苦い経験を糧に、「信頼性」と「回復力」の新たな融合を目指すプロジェクトでもあった。日本取引所グループ(JPX) 常務執行役 CIOの田倉聡史氏に、arrowhead 4.0開発の裏側にあった設計思想の転換、稼働から1年以上経過した現時点の評価と、JPXが描く「Target 2030」に向けたIT戦略の展望について聞いた。
情シスは「きつい、汚い、危険」……「経営のエンジン」へ変革した30年の歩み
田倉氏が東証に入社したのは、バブル崩壊直後の1991年。当初はマーケット部門でデリバティブ業務や適時開示業務などを担当し、システム畑への転身は入社5年目だった。
「当時はまだ『IT』という言葉もなく、システム部門はいわゆる『3K(きつい、汚い、危険)』な職場と言われていました。社内のヒエラルキーでも、業務部門が上でシステム部門は下請けのような立ち位置でした」(田倉氏)
しかし、証券ビジネスの本質は「データのやり取り」にある。つまり、JPXにとってシステムは業務そのものといえる。田倉氏は、入社から多くの時間をシステム開発に費やしてきたという。その一つである「初代arrowhead」やデリバティブ売買システムのプロジェクトに携わる中、システム部門が経営の推進力となる存在へと変貌していく過程を当事者として歩んできた。
arrowheadとは、東京証券取引所の現物株式などの注文・約定処理を行うための超高速・高信頼な売買システムだ。投資家や証券会社からの注文を受け付け、売りと買いの注文をマッチングして約定させ、その結果や気配・株価情報を市場に配信する。JPXにとってはまさに中核インフラのシステムだ。世界最高水準の高速性・信頼性・拡張性を備えることを目標に開発されており、初代arrowheadは2010年1月4日に稼働を開始した。
その4世代目となるarrowhead4.0は、2024年11月5日に本番稼働している。このシステムは、取引時間の30分延長やクロージング・オークション導入などによって市場の利便性を高めるとともに、レジリエンスも強化している点が特徴である。
「止まらない」と過信──arrowhead 4.0が備えた“回復力”の正体
arrowhead 4.0の開発に大きな影響を与えたのが、2020年10月1日に発生した大規模なシステム障害だ。共有ディスク装置の故障とバックアップ切り替え不全を起点に、全銘柄の売買が終日停止する事態となった。この障害で東証は金融庁から業務改善命令を受けている。
実は、2010年に稼働した「初代arrowhead」もまた、2005年から2006年にかけて相次いだシステムトラブルへの反省から生まれたものだった。当時、東証は「絶対に止めてはならない(Never Stop)」をスローガンに掲げ、設計やプログラミングを2人一組で行うなど、徹底した品質管理のもと、世界最高水準の高速性と信頼性を目指したのだ。2010年の稼働以降、arrowheadは極めて高い信頼性のもと、順次進化を続けていた。
「arrowheadは徹底的に品質を作り込んでいるので、『Never Stop』に値するシステムを作っているとの自信がありました。しかし、それがいつしか『過信』になった面もあり、万が一止まってしまった時の回復力、いわゆる『レジリエンス』の発想が少し薄くなっていたかもしれません」(田倉氏)
この反省から、arrowhead 4.0の開発コンセプトを大きく転換した。「Never Stop」による絶対的な品質確保を大前提としつつ、それでも万が一障害が起きた際には速やかに復旧させる「レジリエンス」を融合させたのだ。
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谷川 耕一(タニカワ コウイチ)
EnterpriseZine/DB Online チーフキュレーターかつてAI、エキスパートシステムが流行っていたころに、開発エンジニアとしてIT業界に。その後UNIXの専門雑誌の編集者を経て、外資系ソフトウェアベンダーの製品マーケティング、広告、広報などの業務を経験。現在はフリーランスのITジャーナリスト...
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