「ユーザー側の態度」が破綻したITプロジェクトの予後を左右する──“野村HD vs 日本IBM”裁判の教訓
野村ホールディングス/日本アイ・ビー・エム 裁判考察:後編
前回に続き、今回も野村ホールディングス(以下、野村HD)と日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)による損害賠償事件を取り上げます。その中でも今回取り上げるのは、トラブルに陥ったプロジェクトにおける「ユーザーの態度」です。このプロジェクトが破綻に向かう中で、ユーザー側の担当者がかなり厳しくベンダーに当たり、かつ破綻の原因をベンダーに押し付けるような態度をとっていたことが明らかになりました。こうした事実を、裁判所はどのように見るのでしょうか。
プロジェクトに影を落とした「ユーザー側の辛辣な態度」
前回は、分割契約によって行われたシステム開発において、ベンダー側が持つシステム全体の完成責任についてお話ししました。今回はそこから主旨を変えて、「トラブルに陥ったプロジェクトにおける『ユーザー側の態度』」を取り上げます。
野村HD(ユーザー)とIBM(ベンダー)によるプロジェクトが破綻に向かう中で、ユーザー側の担当者はかなり厳しくベンダーに当たり、かつ破綻の原因がベンダー側のみにあるような社内報告をしていたようです。そうした点を、裁判所はどのように見るのでしょうか。あるいは特段に判断はしないのでしょうか。前回との重複部分もありますが、事件の概要からご覧いただきます。
東京高等裁判所 令和3年4月21日判決
野村ホールディングス(以下、野村HD)は、子会社である野村證券の個人向けの投資一任口座サービス商品(SMAFW)に関する業務を支援するシステムの維持費が非常に高いなどの問題を解消するため、同システムの更改をIBMに発注した。IBMはテクノス社のパッケージソフト(VW)を導入し一部カスタマイズを行うこととしたが両者の間の契約は、工程や作業などをもとに15程度の個別契約に分割された。
しかしながら、ベンダーであるIBMは対象業務の経験がなく、またSMAFWには手数料(フィー)の計算等非常に複雑な業務もあったことから、IBM側の知識獲得時間の増大、カスタマイズ量の増加等により開発は遅延し、最終的にはプロジェクトの中止が野村HDから通知された。野村側は契約解除はIBMに起因する信頼関係の崩壊によるものであるとし損害賠償を請求したが、IBM側はプロジェクトの混乱は野村側による数々の変更要求等があったことを主張し、併せて野村側によるIBM社員への態度にも言及した。
出典:裁判所ウェブ 事件番号 平成31(ネ)1616 損害賠償, 報酬等反訴請求控訴事件
「野村HD側によるIBM社員への態度」とはどんな様子だったのでしょうか。判決文の中から読み取れることとして、以下のようなことがあったようです。
ユーザーによる変更要求がたびたびおこなわれた。
IBMの担当者が手数料計算・徴収業務について、野村HD側に質問をしても回答が得られなかった。
野村HD側の手数料計算・徴収業務担当者(Fee担)が自身の情報提供の遅れ(これにより要件定義が遅延)を棚に上げ、設計書の承認を依頼したIBM社員に対し、「欧米ではサインは軽いものではない。どの内容に対してどの紙に署名させようとしているのか。このような状態で署名はできない。今日の今日でこんな話になること自体が非常識である」と、辛辣な他罰的、攻撃的発言をした。その後も、他罰的かつ攻撃的、かつ極めて辛辣な苦情を繰り返した。
投資顧問部の担当者が、IT戦略部が重視する野村証券のシステム全体の効率化や機能削減による維持管理費の縮小を考慮せず、自分の庭先(担当業務)をきれいにすることだけを考えて、現行業務を変更する思い切った決断を避けて通ったため工数削減が難航した。
IBMは契約数わずか14件を取り扱う分野でのシステム化廃止の提案を行ったが、投資顧問部が全面的に拒絶したほか、企画や提案の趣旨で記載された「直投の削減余地△164人日」や「SMA直投の新規募集の中止」というIBM作成資料の内容についても削除を求めるほどであった。
発生頻度の低い業務要件(株式分割情報の取込み)における、入力手作業化によるカスタマイズ量の削減がIBMから提案されたが、Fee担がこれを拒否し(本来、入力手作業化に賛成するはずの)IT戦略部長およびA7投資顧問部長がこれを黙認した。
ここに挙げたのは一部のようで、他にも色々とあったようです。辛辣な言葉、冷たい態度、梯子を外すような対応など内容は様々で、これならたしかにプロジェクト失敗もやむなしという感は否めません。
ただし問題は、こうした表面的なことだけではないようです。判決文の別の部分を見ると、野村HD側の担当者は、ここに挙げたような問題を逆に「IBM側の稚拙なプロジェクト管理」と捉え直し、内部の上司筋などへは「IBMの稚拙さによりプロジェクトが難航している」と報告していたようです。こうした点も一因となって、野村HD側は「IBMへの信頼は崩壊した(※)」と判断し、まだIBM側にはプロジェクト継続の意思があったにもかかわらず、契約解除の通知を行いました。
※いわゆる「信頼の崩壊」は、契約当事者のうち一方が契約を解除する理由として認められる場合があります。
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- この記事の著者
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細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント
経済産業省デジタル統括アドバイザー兼最高情報セキュリティアドバイザ
元東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員
筑波大学大学院修了(法学修士)日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステム...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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