組織間ギャップを埋める「共通指標」という旗
では、これらのギャップに対処するには、どうすればいいのでしょうか。まず、AI担当部署と経営層の「リソース認識のズレ」、AI担当部署と現場の「ミッション・KPIの不一致」を乗り越えるためには、すべての関係者が目指すべき「共通指標」、つまり“旗を作ること”が有効です。「どのビジネス目標に向けて、各部署が何を担うのか」を可視化し、共有することで認識のズレから生じる摩擦を防げます。
ここで重要なのは「BPR(Business Process Re-engineering)」、つまりビジネス目標と連携して“業務プロセスを再構築”する視点です。売上や利益といったビジネス目標、そこから導かれる業務効率化などの機能目標、さらには業務の統廃合やテクノロジー導入といった業務目標をひとつながりに整理した上で、AI活用を位置付ける必要があります。たとえば、収益増加というビジネス目標のために業務効率化という機能目標を掲げ、そのために「業務時間の8割をAIで削減する」という業務目標を立てるといった具合です。

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AI導入がうまくいかない企業では、活用事例数や活用率など、AI活用そのものを共通指標に据えてしまうケースが少なくありません。これだと業務目標レベルにとどまっており、経営や現場の目的とどのように結びつくのかが不明確になりがちです。AI担当部署と経営層、現場が同じ土台で話すためには、さらに掘り下げ、同じ機能目標やビジネス目標に対する施策としてAI活用を位置付けなければなりません。
こうした枠組みが明らかになれば、経営層はAI活用施策へのリソース配分を判断しやすくなりますし、ツール導入ありきの姿勢から脱却し、必要に応じて業務の見直しまで踏み込むことも可能になるでしょう。そしてトップダウンの指示を受けて、現場もAI活用が自分たちのミッションやKPIに紐づいていると理解できれば、能動的に取り組むようになります。結果として、AI担当部署・経営層・現場の三者が同じ旗に向かって進めるようになるのです。
「思ったより使えない」を防ぎ、事例を増やす AIの期待値管理のポイント
AI担当部署と現場の「業務スコープの認識」におけるギャップを埋めるためには、まず現場のAIリテラシーを底上げすることが不可欠です。「AIとは何か」「何ができるのか」に加え、「AIは何が不得意なのか」まで伝えることが重要です。このときワークショップなどを通じて、「業務にどのように適用できるか」を具体的にイメージさせる仕掛けが効果的でしょう。いわば現場の“期待値管理”です。
現場も、AIの否定的な側面を理解し、具体的な業務適用イメージをつかめれば、「あれもお願い」「これもお願い」となんでも要求するのではなく、「難しいとわかった上でお願いするのですが」「これは無理でも、あれはできますか」といった現実的な依頼ができるようになるでしょう。同時に、現場から具体的な課題が寄せられることで、AI担当部署も業務理解が深まり、業務リテラシーを高めるきっかけになります。
AI担当部署の役割は、技術的な観点から「どの業務に、どのようにAIを活用すべきか」を設計・提案することです。業務を可視化した上で処理量が多く、かつ対応が煩雑なゾーン、つまり「ボリュームゾーン」と「ストレスゾーン」が重なる領域を選定することで実現可能性の高い、AI担当部署と現場の「最大公約数」を特定し、アプローチしていく方法が有効です。
もちろん、AI担当部署が現場からの課題提起を待つだけの受け身でいると、活用は広がりません。AI担当部署自身が「こういう事例を作りたい」という構想を持ち、現場の困りごとと積極的にすり合わせていく必要があります。コミュニケーションの効率化は難しくとも、本質的に目指している方向は同じはず。地道な対話の中で相互理解が進み、AIにも業務にも強い人材が育っていきます。実際にパーソルビジネスプロセスデザインでは、そのようなリテラシーの高い社員が他部門からAIプロジェクトへの参画を打診されるケースも出ており、社内全体に“AI活用のメリット”が波及する好循環が生まれています。
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小坂 駿人(コサカ ハヤト)
パーソルビジネスプロセスデザイン株式会社
ビジネストランスフォーメーション事業本部
データコンサルティンググループ 兼 ゼロ化コンサルティンググループ マネジャー2021年、パーソルビジネスプロセスデザイン株式会社に入社。前職ではHR業界における事業戦略/新規事業開発部門に所属。2022年には、...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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