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何かがおかしいセキュリティ

「AIを使いこなせなきゃ生き残れない」と言う前に、“人類の制御”が奪われてしまう可能性が出てきている?

第4回(前編)

 情報セキュリティ対策製品やツールの需要は相変わらず高い。日本国内の企業を狙ったサイバー攻撃やセキュリティ侵害が増える中で、どの企業も侵害を受けた経験や、ひやりとした経験の一つや二つはあるはずだ。企業の情報システム部門は、そうした被害に遭わないためにどのような製品で対策を打つべきか検討していることと思う。本稿では、情報セキュリティ対策製品を提供するベンダー側で長らくビジネスに携わってきた筆者の経験をもとに、セキュリティ業界特有のホラーストーリー仕立てのセールストークを排し、真にとるべき情報セキュリティ対策とは何か、今どきのテーマを取り上げたうえでその本質に迫っていく。

AIを使いこなせなければ生き残れない……?

 最近、ビジネスの現場で頻繁に耳にする言葉がある。

AIを使いこなせない人は生き残れない──

 生成AIの急速な普及とともに、生産性向上の事例が毎日のように紹介され、導入企業の成功談が拡散される。会議資料の自動生成、コードの自動補完、問い合わせ対応の自動化。たしかに効率は飛躍的に向上した。活用しない企業は競争に取り残される──そう語られても不思議ではない。

 しかし、この議論には奇妙な空白がある。どこまで任せるのか。最終的に止められるのは誰なのか。そもそも制御権は誰の手に残るのか。その議論はほとんど聞かれない。活用論は熱狂的だが、制御論は片隅に置かれているようだ。

 AIを“使う”ことばかりが語られ、「止める」ことはほとんど議論されない。その構造自体に、私たちはまだ気付いていないのではないか。

 本稿では、加速するAI投資と競争の裏側にある構造を一度立ち止まり、筆者の独自の目線も交えながら検証し、AIを活用するうえでの課題の本質を改めて考えてみたい。

ジェフリー・ヒントン博士が警戒する「静かな権力」の萌芽

 「AIのゴッドファーザー」とも呼ばれるジェフリー・ヒントン(Geoffrey Hinton)氏は、近年、繰り返し強い警鐘を鳴らしている。彼が懸念しているのは、単なるシステム事故でも、悪意ある第三者による悪用でもない。より根源的な問題、すなわち「目的の不一致(Misalignment)」である。

 ヒントン氏は、ニューラルネットワーク研究の最前線を牽引してきた人物であり、とりわけ深層学習(ディープラーニング)の基礎を築いた論文『Learning Representations by Back-Propagating Errors』などで知られる。2024年には、その長年のニューラルネットワーク研究への貢献が評価され、ノーベル物理学賞を受賞した。

 彼は近年の発言の中で、AIが急速に高度化する現状に対し、「これらのシステムは、私たちが思っている以上にずっと速く賢くなっている」と述べ、進歩のスピードそのものを懸念の対象としている。

 ヒントン氏はインタビューや講演で、AIが単に道具として機能する段階を超えつつあると語っている。たとえば、「もしAIが人間よりも知的になれば、それは自らの目標を持つ可能性がある。そして、その目標が人類の生存と整合する保証はない」と指摘する。AIは、与えられた目的関数を最適化するが、その“最適化”は人間の意図や倫理を内在的に理解しているわけではない。わずかに目的がずれているだけでも、強力な最適化プロセスは予期せぬ帰結をもたらす。

 さらに彼は、「より知的な存在は、より知的でない存在を操作できる」と率直に述べている。これはSF的な誇張ではなく、進化論や歴史的事実に基づく比喩だ。人間が他の動物を管理しているように、もしAIが人間を知的に凌駕すれば、人間を“管理対象”とみなす可能性を排除できない。同氏は、「私たちは『自分より賢いものを制御できる』と、なぜ当然のように思っているのか」と問いかける。

 とりわけ強調するのは、AIが人間を説得し、操作し、影響を与える能力を急速に獲得している点だ。言語モデルの進化により、AIは単に命令を実行するだけでなく、対話を通じて人間の判断や意思決定に介入できるようになった。ヒントン氏は、これが「静かな権力」の萌芽だと見ている。暴力ではなく、知的優位による影響力こそが、将来的なリスクの核心だというのである。

 もしAIが「人間の指示よりも、自身の目標達成を優先する」状況に到達したとき、何が起こるのか。ヒントン氏が語る「人類滅亡」という言葉は、終末論的な扇動ではない。それは、強力な最適化エージェントが誤った目標を持った場合に生じうる「制御不能の帰結」の論理的延長線上にある概念なのだ。これは終末論ではない。すでに手遅れだという向きの世論もあるようだが、むしろ「まだ間に合う」という前提で発せられている警告だと、筆者は前向きに受け止めている。

次のページ
Anthropicの実験が示した、「最適化」の先にある予期せぬ結末

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この記事の著者

伊藤 吉也(イトウ ヨシナリ)

2022年より、米国本社の日本支社であるフォーティネットジャパン合同会社にて全国の自治体、教育委員会向けビジネスの総括を担当。専門領域は、IPAの詳細リスク分析+EDC法による対策策定。ISC2認定 CISSP、総務省 地域情報化アドバイザー、文部科学省 学校DX戦略アドバイザー、デジタル庁 デジタ...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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