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紛争事例に学ぶ、ITユーザの心得

裁判所が考える、そのデータが「営業秘密」だと判断される3つの要件──なぜ“主観”で管理方法を決めてはいけないのか

 社員が退職の際に会社の重要情報を外部に持ち出し、賠償を求める会社側と裁判に発展することは珍しくありません。本連載でも、そうした事例をたびたび取り扱ってきました。そのたびに重要な論点となるのは、「会社がその情報に対し、『秘密情報』として然るべき管理を行っていたのか」という点です。今回取り上げる裁判では、裁判所が持ち出された情報を「営業秘密」だと判断するために求める要件が、具体的に示されています。

3つの要素を満たさなければ「営業秘密」ではない

 情報システムには、業務を支える膨大なデータが蓄積されています。顧客や利用者の個人情報、取引先の連絡先、業務マニュアル、各種書式など……。組織の日々の活動によって積み重ねられたこれらのデータは、事業を成立させる根幹であり、他社が容易に真似できない財産です。

 しかし、それらを日常的に扱っている従業員が会社を去るとき、リスクが顕在化することがあります。退職と同時に情報を持ち出し、転職先や新たに設立した会社で活用する——残念ながら、こうした事態は珍しくありません。

 問題は、持ち出された情報を「不正な取得」として法的に追及できるかどうかです。不正競争防止法は「営業秘密」の不正取得・使用を禁じており、これが認められれば差止めや損害賠償を請求できます。

 ただし、情報が「営業秘密」だと認められるには、①秘密として管理されていること(秘密管理性)、②事業活動に有用であること(有用性)、③公然と知られていないこと(非公知性)の3要件をすべて満たす必要があります。

 「うちのシステムに入っているデータはすべて秘密情報だ」という“意識”だけでは、この要件を満たすことはできません。今回紹介するのは、同じシステムに登録された情報であっても、その性質と管理のされ方によって営業秘密への該当性が大きく分かれた裁判です。まずは事件の概要からご覧ください。

社員が一斉退職で大規模情報持出し

大阪地方裁判所 令和8年1月22日判決

 訪問看護事業を営む原告企業から、所長・主任看護師クラスを含む主要な従業員らが一斉に退職し、同じく原告企業を退職した元部長が設立していた企業(被告企業)に就職した。

 彼らの退職後、原告企業が同社システムのアクセスログ等を精査したところ、元社員A(被告A)が退職の半年以上前から利用者の保険情報等を含む大量のデータを無断で出力・取得していたこと、元社員B(被告B)が業務上データをUSBメモリーに移動させていたこと、元社員C(被告C)が複数のファイルをダウンロードしており、被告企業において利用していることが判明した。原告企業は、これらの行為が不正競争防止法上の営業秘密の不正取得に当たるとして、使用の差止め・廃棄・損害賠償を求めて訴訟を提起した。

出典:裁判所ウェブ 事件番号 令和6年(ワ)第5424号・令和6年(ワ)第8059号

 少し補足します。原告企業は、市販の訪問看護向け電子カルテソフトウェアを使って利用者情報を管理していました。そして被告会社も、事業開始にあたって同じソフトウェアを利用しました。同一のソフトウェアを使っているため、一方のシステムからエクスポートしたデータを他方にインポートする操作が技術的に可能な状態であったことが、のちの争点の一つとなります。

 原告企業が「不正取得された」と訴えた情報は、大きく4種類——①利用者の保険情報などが含まれるマスタメンテ情報、②看護師が利用者の基本的な状態を記録した訪問看護記録書Ⅰ、③訪問時の病状・看護内容の記録である訪問看護記録書Ⅱ、④Googleドライブに保存されていた業務上データ(同意書の書式、スケジュール表など)です。被告側は、これらの営業秘密該当性を全面または一部で争いました。

次のページ
被告の主張:「一般公開かつ有用でない情報」だから秘密情報ではない

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この記事の著者

細川義洋(ホソカワヨシヒロ)

ITプロセスコンサルタント
経済産業省デジタル統括アドバイザー兼最高情報セキュリティアドバイザ
元東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員
筑波大学大学院修了(法学修士)日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステム...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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