規制一辺倒の時代は終焉──AIガバナンス“潮目”の2025年、経営層の「法的義務」にどう備える?
AIガバナンスのプロ・大学特任教授 羽深宏樹氏が語る、「AI新法」全面施行で企業がすべきこと
AIガバナンスの在り方が激変した2025年──“規制一辺倒”から“競争力重視”へ
企業にとってAIガバナンスを検討する上での最大の困難は「正解が存在しない」ことだ。背景には技術革新の異常な速さがある。
ChatGPTが世界的ブームとなった2023年からわずか2年で、生成AIは「AIエージェント」と呼ばれる自律的なタスク実行が可能なフェーズへと移行しつつある。この変化の速度に法制度の改革は追いついていない。こうした現実を象徴する出来事として、羽深氏はEUのAI法策定過程を挙げた。
「2021年にEUがAI法のドラフトを公表しましたが、正式な法律になる直前の2023年に生成AIの一大ブームが到来し、AI法の構成そのものを見直さざるを得なくなりました。結果として、汎用目的AIに対する新しい章を法律の中に作る必要がありました」(羽深氏)
こうした状況下、組織のリーダーは「正解がない中で常に最善の選択を取り続けなければならない」という困難に直面している。羽深氏は「ルールが明確でないからといって身動きが取れない状態では、組織としての競争力は落ちてしまいます。AIを社内マネジメントやビジネス価値の創出に生かしていかなければ、激しい競争を勝ち残ることはできません」と指摘する。
技術革新のスピードが目覚ましい2025年は、AIを巡る国際的なルール形成においても大きな転換点となった。羽深氏によれば、2024年までは各国が協力してAIリスクに対抗し、可能な限りルールの歩調を合わせる方向で足並みがそろっていたが、状況が一変したという。
転換点となったのは、2025年2月にパリで開催されたAIアクションサミットでの出来事だった。米国のバンス副大統領が「我々はAIの“リスク”ではなく、“機会”について議論すべきである」と発言し、AIに強い規制をかけようとするEUの姿勢を批判したのだ。
こうした潮流を受け、EUも方針転換を余儀なくされている。羽深氏によると、欧州の競争力低下を警告した2024年10月の「ドラギレポート」や、2025年に欧州委員会が発表した経済戦略「競争力コンパス」では、AI規制一辺倒からの脱却と競争力重視への転換が提言されているという。規制一辺倒の姿勢に対する疑問や、AIに対する規制の運用をよりシンプルに、明確にしていく見解が公表されているのだ。その結果、世界的にAIの規制に関する見通しを立てづらくなっている状況にあると説明する。
羽深氏はこうした国際情勢の変化を踏まえ、「AIガバナンスが単なる安全性の問題ではなく、国際競争力と国家安全保障に関わる問題として主要国間で認識されていることが見て取れます」と分析した。
そうした中、日本では、2025年5月28日に「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(通称:AI推進法、AI新法)」が制定され、9月1日に全面施行された。また同日には、総理大臣をトップに据えた「AI戦略本部」も内閣府に設置されている。羽深氏はAI推進法について「AIを規制するのではなく、政府全体で適切なPDCAサイクルを回していくための法律だ」と説明する。
AI推進法で推奨されるPDCAサイクルでは、政府が人工知能基本計画を策定し(Plan)、国や自治体が政策を実行、事業者にも「事業効率化や創出に励む責務」があるとされている(Do)。そして政府は開発研究から不正利用まで情報収集・分析し(Check)、それをもとに法律やガイドラインを見直したり、事業者への指導を行う(Action)といった流れだ。
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これらの責務に罰則はないが、既存法の違反は処罰の対象となる。羽深氏は「AI推進法自体は規制ではないものの、何をやってもいいわけではないので注意が必要です」と指摘する。
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森 英信(モリ ヒデノブ)
就職情報誌やMac雑誌の編集業務、モバイルコンテンツ制作会社勤務を経て、2005年に編集プロダクション業務とWebシステム開発事業を展開する会社・アンジーを創業した。編集プロダクション業務では、日本語と英語でのテック関連事例や海外スタートアップのインタビュー、イベントレポートなどの企画・取材・執筆・...
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