国内最大級のスタートアップカンファレンス「IVS2025」が7月2〜4日、京都市勧業館「みやこめっせ」で開催された。本記事は、DAY1で行われた「AIと地域の未来をデザインする ── 産業・人材・自治をつなぐローカル実装」の最前線の内容を紹介する。地方都市におけるAI活用は、単なる効率化を超えて産業変革の起爆剤となりつつある。しかし、東京で当たり前のDXが地方では「絵に描いた餅」になることも多い。では、地域企業はどうやってAIを現実的に活用し、成果を上げているのか。広島を中心とした地方AI実装の成功事例から、その現実解を探る。

菅由紀子氏 (株式会社Rejoui/代表取締役)
津幡靖久氏 (常石商事/代表取締役 副社長)
中村健一氏(日本アイ・ビー・エム デジタルサービス株式会社/代表取締役社長)
匠の技をAIが継承する時代──明太子製造「やまや」の実践
「たらこの異物除去とグレード判定」──地味な作業に見えるが、ここにAI活用の現実的な事例がある。福岡に拠点を置くやまやコミュニケーションズでは、これまで匠の技に頼っていた明太子の品質判定をAIで自動化し、大きな成果を上げている。
明太子製造の現場では、漁場から取ってきた原卵(明太子の原料となるスケトウダラの卵)に、さまざまな微生物や繊維などの異物が付着している。これらの異物を取り除き、さらに贈答用か加工用かのグレード判定を行う作業は、長年にわたり熟練者の目視に依存してきた。しかし、匠の高齢化が進むなかで、この技術をいかに伝承していくかが深刻な課題となっていた。
日本アイ・ビー・エム デジタルサービスの中村健一社長は、プロジェクトの経緯をこう振り返る。「製造現場の方々が地域のITベンダーさんに相談している課題の中で、こういうテクノロジーが必要なのであれば、IBMが解決を支援できるかもしれない、とご紹介いただいたのが始まりだった。現場の危機感から生まれたプロジェクトだと感じている」
技術的な挑戦も大きかった。「最初は写真だけでAIに学習させようとしたが、うまくいかなかった。最終的には匠の方に協力いただき、AIが出した判定に対してフィードバックをもらいながら育てていった」と中村氏は説明した。単純な教師あり学習ではなく、人とAIの協調によって精度を高めていくアプローチが成功の鍵となった。
興味深いのは、現場の匠たちがAI導入に積極的だった点である。「現場の人がAI活用に前向きだった理由は?」というモデレータの本嶋氏の質問に対し、中村氏は「危機感があったと聞いている。目利きを続けていると生産性が落ちてしまうし、どのように伝承していけばよいかという課題意識が担当者の方にあった」と答えた。
プロジェクトの実証検証(PoC)期間は2~3ヵ月、試作機開発まではおよそ半年という短期間で完了し、現在は実際の製造ラインで稼働している。重要なのは、AIが人を置き換えるのではなく、人とAIが協調して技術を継承していく仕組みを構築した点である。

地方企業AI活用の最大障壁──「神エクセル」からの脱却
一方、多くの地方企業はAI活用以前の課題に直面している。「地方企業の最大の課題は、実はAI以前の問題だ」と広島を拠点にデータサイエンス企業Rejouiを率いる菅由紀子代表は地方企業の現状を分析した。
「やりたいことはあるが、データになっていない。『神エクセル』がたくさんある状況だ」(菅氏)
神エクセルとは、紙の出力帳票のために作り込んだExcelファイルのことである。データ活用の観点からは扱いづらく、AI活用の大きな障壁となっている。広島県では行政がスタートアップ支援に積極的だが、現実は厳しい二極化が進行している。「巨大企業は大手クラウド企業と組んでAI活用が進む一方、中小企業はデジタル化の手前で止まっているのが現状だ」と菅氏は指摘した。
造船業界が直面するAI活用の壁と可能性
120年の歴史を持つ常石グループの津幡靖久副社長は、重厚長大産業でのAI活用の難しさを率直に語った。
「年間何千隻も作るわけではない。何十隻レベルなので、10年やっても数百隻。記憶と経験でなんとかなってしまう規模だ」
明太子のようにデータ解析としては高速・大量処理を求められるものとは対照的に、造船業では1隻あたりの価格は高いが、データ数が限られるという課題がある。「PoCで船潰しましたというわけにはいかない」と津幡氏が苦笑いするように、失敗の許されない現場でのAI導入は慎重にならざるを得なかった。
しかし、変化の兆しもある。CADデータの蓄積は進んでおり、設計面での活用可能性は高い。また、溶接や鉄板加工といった匠の技についても、津幡氏は「匠の技が体を動かすこととセットになっている。AIだけでなく、"AI+ロボティクス"がもう少し進化してこないと、大きな効果は生みづらい」と分析した。
中村氏も造船業界の特殊性に理解を示しつつ、「作業そのものを代替するには、まずデータを貯めて、当事者も気づいていない部分まで含めてロボットが再現できるフォーマットを整える必要がある」と長期的な視点を提示した。現在は動画マニュアル化や作業の可視化にとどまっているが、将来的にはデジタルツインによる技術継承の可能性も見えてきている。
この記事は参考になりましたか?
- EnterpriseZine Press連載記事一覧
-
- 【IVS2025】明太子から造船まで、AIと地域の未来をデザインする 産業・人材・自治をつ...
- AIインフラの鍵となる「大規模クラスター」の成功に欠かせないGPU・CPU・ネットワークの...
- 【IVS2025】塩崎氏ら国会議員と弁護士が提言/AI・web3規制は制約ではなく事業機会
- この記事の著者
-
京部康男 (編集部)(キョウベヤスオ)
ライター兼エディター。翔泳社EnterpriseZineには業務委託として関わる。翔泳社在籍時には各種イベントの立ち上げやメディア、書籍、イベントに関わってきた。現在はフリーランスとして、エンタープライズIT、行政情報IT関連、企業のWeb記事作成、企業出版支援などを行う。Mail : k...
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア