経理部門からCFO組織へ:DNPが挑む三位一体の変革戦略と30%業務効率化
BlackLine主催「BeyondTheBlack TOKYO 2025」講演レポート
資本市場からの要請が高まる中、企業の経理部門は従来の事務処理中心の組織から、戦略的な経営支援を担うCFO組織への転換を迫られている。大日本印刷(DNP)では、BlackLineの導入を軸としたシステム刷新により、経理業務の30%軽減を目指すと同時に、「非連続な変革」と「パッション」をキーワードに組織変革を推進している。入社以来40年以上にわたって経理業務に携わってきた同社専務取締役の黒柳雅文氏は、「経理部門がCFO組織へ進化し、会社の成長をリードする気概を持つべき」と語る。
東証要請に先駆けた戦略的経営改革
大日本印刷は1876年創業の老舗企業だが、現在の事業領域は創業当時の出版印刷から大きく拡大している。「印刷会社とは思えないような商品も作っている」と黒柳氏が語るように、同社の技術はスマートフォンの有機ELディスプレイ用製造メタルマスクや光学フィルム、バッテリーパウチ、半導体フォトマスクなど、我々の身近な製品に数多く活用されている。
同社は2023年2月、東京証券取引所が資本コストや株価を意識した経営を上場企業に要請する1ヵ月前に、先手を打って経営基本方針を発表した。「ROE10%を目標に掲げ、PBR1.0倍超の早期実現を目指す」という明確な数値目標を掲げ、資本市場を意識した大胆な経営改革に着手している。
この経営改革において、経理部門の役割は従来の単なる会計処理から、戦略的な経営支援へと大きく変化することが求められた。黒柳氏は「経理としても従来の単なる経理組織からCFO組織へと進化していくことが重要」と強調する。その背景には、長年の経理業務で感じてきた課題認識があった。
黒柳氏は入社以来40年以上にわたって経理業務に携わってきた人物だ。会計ビッグバンや内部統制報告制度の導入、四半期決算の導入等があり、非常に経理の専門性が高度化した時代を経験してきた。その結果、「恒常的な残業で業務をきっちりとスケジュールしなければいけない」状況となり、「何か課題を見つけて改善していくという活動がしづらい」というジレンマを長年抱えていた。
こうした状況を打破し、資本市場の要請に応えるためには、抜本的な改革が必要だった。経理部門に求められる新たな役割は二つの軸で整理される。
第一に、財務戦略・資本政策の策定と実行である。「いかに手持ちのキャッシュを有効に使うか、収益性の低い資産を売却して、投資効果の見込める有効な設備投資に振り向けるか」といった財務戦略や、日本で従来からある株式持ち合いの解消に伴う株主対応、株主還元を含めた資本政策の策定が重要になっている。
第二に、資本市場への対応強化である。コーポレートガバナンスコードやスチュワードシップコードの導入により、機関投資家や株主とのIR・SR(シェアホルダーリレーション)の重要性が急速に高まっている。従来の経理部門はこうした領域に深く関与することは少なかったが、会社の数字を最も熟知している経理部門こそが、投資家に対して企業の実態を正確に説明できる最適な立場にある。
黒柳氏は「会社の数字をよく知っている経理部門が、そういった会社の施策への関与をより高めていくチャンス」と前向きに捉えている。政策保有株式の売却や資本効率の改善といった財務戦略の実行においても、経理部門の専門知識と市場との対話能力が不可欠となっており、まさに経理部門が戦略的な経営パートナーとして進化する好機が訪れている。
三位一体の変革でBlackLine導入を推進
DNPが推進する経理変革の特徴は、システム・業務・組織を一体で刷新する「三位一体の変革」にある。単なるシステム導入ではなく、組織全体の在り方を根本から見直すアプローチを採用している。
まずシステム面では、グループ全体でBlackLineを導入し、会計システムを完全に一本化する。従来は同じグループ内でも各社ごとにカスタマイズが進んでおり、「他の会社に移ると、やり方が違うので、なかなか業務が標準化できない」という課題があった。今回の刷新では、グループ各社で異なる経理業務のやり方と会計システムの使い方をゼロベースで見直し、「例外を認めない統一システム」を構築した。
業務面では、決算、税務、資金管理、債権管理、固定資産管理、債務管理などさまざまな経理業務を全体最適の観点で標準化する。「システムに業務を合わせていく」という方針のもと、手入力、手加工、手集計といった煩雑な業務を大幅に削減し、データ連携を高めることで効率化を図っている。
組織面では、従来の会社単位の縦割り組織を機能別組織に再編する。「業務に組織を合わせていく」というアプローチで、グループ全体を1つの会社として運営する体制を構築している。この変革を支えるため、DNPは経理業務を担う新しいシェアードサービス専門会社を立ち上げ、従来のシェアードサービス会社も「刷新する仕組みを入れて、その仕組みに合わせる業務、そういったものに整理して、さらにそのシステムと業務に合わせる組織」まで再編するという徹底ぶりである。
BlackLineの導入により、DNPは経理業務の30%軽減、つまり「従来の7割の負担でできる」計画で現在システム導入を進めている。これにより作られた時間で会計スキル、知見を生かした情報分析を行い、経営の意思決定をサポートする情報提供を行うことが可能になる。単なる効率化にとどまらず、創出された時間を財務戦略や非財務戦略など付加価値の創出に人材を投下することで、戦略的な経理組織への転換を実現している。
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京部康男 (編集部)(キョウベヤスオ)
ライター兼エディター。翔泳社EnterpriseZineには業務委託として関わる。翔泳社在籍時には各種イベントの立ち上げやメディア、書籍、イベントに関わってきた。現在はフリーランスとして、エンタープライズIT、行政情報IT関連、企業のWeb記事作成、企業出版支援などを行う。Mail : k...
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