多くのITベンダーが、他社を買収することでビジネスを拡大している。ERPアプリケーションのベンダーとしてリードするSAPも例外ではない。SAPでは過去にBIツールのBusiness Objects、データベースのSybaseなどを買収してきた。これらはオンプレミスのソフトウェア技術であり、既存のERPのアプリケーションに融合、連携され活用されている。加えてSAPでは、ここ最近SaaS型のサービスの買収も多い。クラウド人材管理のSuccessFactors、カスタマーエクスペリエンスのhybris、昨年もエクスペリエンスデータを扱うためのQualtricsを80億ドルで買収し、クラウド領域のビジネスを強化している。
日本の要求に合うよう早くから投資
SAPがここ最近買収しているSaaSについては、自社ERPに取り込み融合させるのではなく、買収後も独立したサービスとして運用しているものが多い。中でもConcurは、買収後も極めて高い独立性を保っているサービスの1つだろう。そのため、SAPがConcurを買収したことを知らないIT関係者もいるかもしれない。
SAP Concurは、出張などの旅費精算処理の効率化に特化したサービスだ。SAP Concurの前社長で2019年7月からは顧問を務めるマイク・エバーハード氏は、「Concurはあらゆる業種業態の企業において、社員が行っている経費精算の処理を支援しています」と語る。

左から、新しく社長に就任したジム・ルシア氏と、
前社長で2019年7月から顧問となるマイク・エバーハード氏
旅費、交通費などの経費精算は、欧米などでは週に15分もあれば終了する作業だ。一方日本では、電車の路線などが複雑で、経費処理を怠り溜め込んでしまえば精算処理に1時間以上かかることもある。日本においては、旅費交通費精算の処理は、従業員がもっとも嫌う作業と言っても良いだろう。
「2010年に日本でConcurのビジネスを開始して、日本は他の国とは違うことがすぐに分かりました。そのため、日本独自のソリューションが必要だと判断しました」(エバーハード氏)
日本には、旅費交通費の精算には他国にはないプロセスが必要だ。そこでConcurでは、日本独自の機能を実装することにする。まずはJR東日本のICカード「Suica」の利用履歴を取り込む仕組みをいち早く導入、さらには路線乗り換え案内のジョルダンとの連携も開始した。これらにより日本企業における旅費交通費精算時の手間を減らし、ソフトウェア連携により自動でデータを取り込めるようにしたのだ。
さらにもう1つ取り組んだのが、レシートや領収書のデジタルデータ化だ。日本以外の国では、レシートなどを写真に撮り添付すれば、原本保存が必要ないところが多い。一方日本では、技術的にすぐにできるにもかかわらず、会計処理制度の制約でそれができなかった。そこでConcurでは、日本の政府に対しロビー活動を行い、電子帳簿保存法での規制緩和を実現したのだ。
結果、会計処理においてレシートなどをデジタルデータで保存すれば良いことに。この規制緩和に合わせ、Concurでは領収書やレシートをスキャニングや撮影で取り込める機能を追加、取り込む際のタイムスタンプの取得や写真データの画素数など、日本で求められる仕様に合う機能を実装した。
このように日本独自の要求に合わせ機能を調整、追加する経験は、Concurを各国展開する際の良い手本となっているとエバーハード氏は言う。たんに英語版の仕組みを各国の言語に翻訳するのではなく、それぞれの国の従業員が如何にシンプルに業務が行えるか。それを考えサービスのグローバル化をしてきたことが、Concurがグローバルで受け入れられている理由の1つとも言える。
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谷川 耕一(タニカワ コウイチ)
EnterpriseZine/DB Online チーフキュレーターかつてAI、エキスパートシステムが流行っていたころに、開発エンジニアとしてIT業界に。その後UNIXの専門雑誌の編集者を経て、外資系ソフトウェアベンダーの製品マーケティング、広告、広報などの業務を経験。現在はフリーランスのITジャーナリスト...
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