AI政策:不安解消によるイノベーション促進

AI分野では、日本が2016年からG7で主導してきた政策枠組みが結実している。川崎氏は「G7の中で日本が提案して、それが海外から戻り、さらに発展した。そういう意味では、日本が主導している」と強調する。
生成AIの基盤モデルやサービスの開発競争に関して、日本が立ち遅れているという懸念に対して、塩崎氏はこう述べる。「オープンソースなどをどんどん活用して、オリジナリティのある世界に通用するサービス・イノベーションをどんどん作ってください。基盤モデル、一番最先端のもの以外は急速にコモディティ化しています」
6月に成立したAI新法について、長島・大野・常松法律事務所の殿村氏はその本質を説明する。「日本は、AIの研究開発や活用が他国に比べて非常に遅れている。その理由の一つが、活用のリスクを怖がる日本企業が多い。そこは非常に問題だということで、まずこの不安を取り除く、取り除くことによってAIの活用やイノベーションを促進する、これが法律の骨格だ」
実際の規制対象は主に国であり、企業への影響は限定的だ。殿村氏は「ほとんどの規制の対象は国です。国はAIの活用を推進するためにこういうことをしなさいという。皆様事業者の方々に影響があるのは、非常に限定的で、基本的にはAIの推進を促進する法律だと考えてもらいたい」と述べた。
実際のビジネス現場では、AI活用における適切なガバナンス体制の構築が競争優位性に直結している。河合氏は興味深い事例を紹介する。「アメリカの大手から頼まれるとき、今どれだけAIを使ってますか、何を使ってますか。たとえばどのような情報を学習させるのかなど、全部チェックが入ります。やはり民間に任されているのは民間側のガバナンス、すごく大事です」
著作権問題については段階的な整理が進む見通しだ。増田氏は「学習行為に関しては、著作権侵害じゃないかということで各国で訴訟が起きていて、特にアメリカで裁判所の地裁レベルで判決が出始めています。AIにまつわる著作物の活用に関しては、著作権制度自体が制度疲労を起こしているというふうにも言われているので、そういった事例の蓄積を待って、これから徐々に法的な見直しが進むと思われます」
企業にとって重要なのは利用段階でのリスク管理だ。増田氏は指摘する。「実際、多くの皆様に関係があるのは学習局面じゃなくて、むしろAIを利用する局面だと思います。AIで生成したものが、たまたま著作権侵害になる可能性があるかどうかがよく問題になります。日本法上は、結論からいうとたまたま既存の著作物と類似したものが出力された場合、著作権侵害となる可能性が否定できないのですが、じゃあリスクがあるから使わない、というのは正しい態度でないと考えます。これまで人間に任せていた時のリスクと比較するのがフェアであり、それよりはAIを利用したほうがリスクが小さいはずです。リスクを過度に恐れず、AIはどんどん使うべきです」
政策立案者と法務専門家の議論から浮かび上がったのは、適切に設計された規制が市場の成熟化と企業の競争力向上を同時に実現するという視点である。web3分野では投資家保護と市場発展のバランスを取りながら新たなアセットクラスを確立し、AI分野では不安の解消を通じて活用を促進している。
日本企業にとって重要なのは、規制動向を制約ではなく差別化の機会として捉える戦略的思考だ。政策の方向性を深く理解し、適切なガバナンス体制を構築した企業が、新たなデジタル経済圏における競争優位性を獲得する。規制対応力そのものが、グローバル市場での競争力を決定する要因となっている。
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京部康男 (編集部)(キョウベヤスオ)
ライター兼エディター。翔泳社EnterpriseZineには業務委託として関わる。翔泳社在籍時には各種イベントの立ち上げやメディア、書籍、イベントに関わってきた。現在はフリーランスとして、エンタープライズIT、行政情報IT関連、企業のWeb記事作成、企業出版支援などを行う。Mail : k...
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