安定経営の「真面目すぎる社風」を追い風に──老舗・キッツで“黒船CIO”が組織の沈黙に切り込む
「CIO Japan Summit 2025」セッションレポート
創業75年を迎えるバルブ・流体制御機器メーカーのキッツ。2024年度に過去最高益を更新するなど、現在も成長を続けている。業績も安定している製造業の老舗企業が、なぜ全社を巻き込む大胆なIT変革に踏み切ったのか。2018年に日産自動車からキッツへ参画した石島貴司氏(IT統括センター 執行理事 CIO/CISO)が、「CIO Japan Summit 2025」に登壇。「老舗メーカーにおけるDX改革:安定志向から変革志向への転換」と題し、7年にわたって挑んできた変革のストーリーを語った。
「まるでタイムスリップしたよう」衝撃を受けた入社当時
キッツグループは世界で約5,500人の従業員を擁し、バルブや流体制御機器を製造・販売している。石島氏は「皆さんのご家庭でも、オフィスでも工場でも、必ずどこかに1個はついているもの。スマホ並みにどこでも目にするものなのに、残念ながら知名度が高くない」と苦笑いしながら紹介する。それだけアピールをしなくても商売が成り立ってきた、安定した事業基盤を持つ企業でもある。
同社は従来、一般建築の配管用バルブと石油・石油化学関係の工業用バルブを主力としてきた。しかし、国内人口減少により建物需要が減少し、石油関連も将来性に不安がある中で、2022年以降は成長分野への展開を本格化。半導体製造装置やデータセンター向けのデジタル関連、水素エネルギーやクリーンエネルギー関連のグリーン分野に積極的に取り組んでいる。
日産自動車で28年間、グローバルなIT変革を経験してきた石島氏にとって、入社した2018年のキッツは別世界だった。「昔からの働き方が根強く残っており、予想を大幅に上回る状態でした」と石島氏は当時を振り返る。

カレンダー共有システムがなく、会議調整は手書きのメモ帳を持って各部署を回る状況で、チャットツールもなく、固定電話での連絡が中心。一部の人にしかスマートフォンが配布されておらず、多くの業務が紙ベースで行われていた。
さらに深刻だったのは情報共有に対する考え方だった。一人ひとりが課題を認識するために情報は必要であるが、その重要性の理解が全社的に薄く、さらに情報漏洩のリスクの方を気にする風土が強かったという。
石島氏はこの状況について「社会的インフラを担っていて、バルブのニーズはなくならない。70年やってきて大きな景気の変動はあっても、他業種に比べてあまり大きく影響を受けずにやってこれた。日本市場での占有率も高く、安心してしまっていた部分があった」と分析する。
変革を後押しした「経営層の理解」と「真面目な社風」
しかし石島氏はこうした状況の中でも、変革の可能性を見出していた。
まず、トップの強い問題意識だった。会長・社長が将来への危機感を持っており、外部から石島氏を執行役員として迎え入れたことがその表れだった。「対等に役員や社長と話ができて、提言できなければやる意味がない」という条件で入社を決めた石島氏にとって、経営陣の本気度は重要な要素だった。
次に、企業風土の真面目さだった。
「真面目すぎるほど真面目で、その真面目さゆえに70年以上何も変えずに来た面もありますが、決めたことには部門を越えて全社で協力し合う風土がありました。これは変革の足掛かりになると感じました」(石島氏)
そして従業員構成も追い風だった。人事データを調べると、従業員の半数以上が中途入社者で、3割以上が2010年以降の入社者だった。「世間の当たり前や常識を理解している人が半分ぐらいはいる。ただ、組織の雰囲気で意見を言えないだけなのではないか」と石島氏は推測した。
また、基幹システムとしてSAPが2007年からグループ全体に段階的に導入されており、これから2年後にはグローバル全社での統一基盤の完成が見込まれている。「データ活用を本格化させるにあたり、この基盤があることで遅れを取り戻せる」と判断した。
この記事は参考になりましたか?
- EnterpriseZine Press連載記事一覧
-
- 安定経営の「真面目すぎる社風」を追い風に──老舗・キッツで“黒船CIO”が組織の沈黙に切り...
- 幕を閉じた大阪・関西万博、フランスパビリオン成功の舞台裏を支えた「バーチャルツイン」技術と...
- 米国・公共機関のキーマンと考える、AIの進化との付き合い方──自律的であっても人間の確認は...
- この記事の著者
-
加藤 智朗(カトウ トモロウ)
Forbes JAPAN編集部を経て、フリーの編集・ライター。経済誌・経済メディアで編集、企画、制作管理、デスク、執筆などを担当。関心領域はスタートアップや海外動向をはじめ、ビジネス全般。ポートフォリオ(制作実績など)
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア