
本連載では、ITプロジェクトにおける様々な勘所を、実際の判例を題材として解説しています。今回取り上げるテーマは、「システム開発を発注したが、個別契約の一部が履行されなかった……それでも費用は『全額』支払うべき?」です。システム開発の現場では、工程や機能ごとに複数の契約を締結する「多段階契約」の方式がよく採られますが、一部の工程が完成しなかった、あるいは一部の機能しか完成しなかったという場合があります。この時、ユーザー側はシステム全体の費用を支払うべきか、あるいは一部の機能分だけ支払えばそれでよいのか……。今回は、そんな裁判の事例を取り上げながら、ユーザー側とベンダー側が契約時に気を付けるべきことを考えます。
システム開発を発注したが、個別契約の一部が履行されなかった
システム開発の現場では、工程ごとに複数の契約を段階的に締結する「多段階契約」という方式がよく見られます。要件定義、基本設計、詳細設計、実装、テストといった各段階で個別の契約を結ぶことで、開発の進捗や他の状況を確認しながら柔軟に現実的な契約を締結できるうえ、途中で問題が発生しても、契約の影響範囲をある程度限定できます。また、契約を開発工程ではなく機能ごとに分割する場合もあります。
こうした場合、一般的には発注者と受注者の間で開発全体に関する取り決めを行う基本契約を結び、その下に各々の工程や機能の具体的な金額、成果物、納期などを約束した個別契約を結びます。一つの基本契約の下に複数の個別契約を結んでおくことで、たとえば工程の進み具合や機能の開発状況によって、次の個別契約の内容変更などが可能となるため便利です。
ただし問題もあります。それは「プロジェクトが頓挫した際、発注者であるユーザーはどこまで費用を負担すべきか」という問題です。個別契約は各々独立しているため、たとえばシステム全体のうち一部だけ、あるいは特定の工程だけが完成していた場合にどうなるか。「各々の債務は『履行された』」とも考えられますが、システム開発の場合、一部の機能だけが完成していても業務では使えないですし、基本設計の成果物だけを納品されても何の役にも立たない場合があります。
つまり、一部の成果物がそろわなかっただけで、「契約の目的がまったく果たされない」というケースがあるわけです。発注者からすれば、なかなか納得できない事態でしょう。
今回は2022年に判決が下された、とある通信教育会社と大手ITベンダーとの間で起こった裁判を題材に、そうした問題について考えてみます。まずは事件の概要からご覧ください。
東京高等裁判所 令和4年10月5日判決より
ある通信教育会社が、教材発送システムを含む新しい基幹システムの開発を大手ITベンダーに委託しシステムは完成した。ところが本格稼働直後、夜間のバッチ処理が予定時間内に終わらないという致命的な問題が発生した。教材発送に係る業務は夜間バッチが予定時間内に終わらないと立ち行かないものであり、結局、通信会社はシステム全体の利用を諦めざるを得なくなった。
通信会社はシステム全体が使えなくなったことを理由にITベンダーに対して開発契約全体の債務不履行を訴え、損害賠償約27億円の賠償を求めて訴訟を提起した。
しかしITベンダーは、本システム開発に係る契約は機能毎に分割(38の個別契約)されているものであり、各々が独立した契約であるから、その一部である夜間バッチが債務不履行であったとしても、他の部分については賠償の責任はないと反論した。
(事件番号 令和4年(ネ)2390号 公刊物未掲載)
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細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員1964年神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。大学を卒業後、日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステムの開発・運用に従事した後、2005年より20...
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