一体的に進めることが望ましいリスキリングと活用促進
残る3つ目と4つ目の戦略的必須要素は、相互に関係している。まず、「AIのスキルとリテラシー」は、従業員に適切なスキルを獲得してもらうことだ。調査結果では、81%の回答者がAIスキルの向上が自分のキャリアアップに重要と考えているとわかった。一方で、自分の所属組織がAIスキルの獲得をサポートしてくれているとする回答は18%にとどまる。「誰もAIネイティブではないのだから、全員が新しいスキルを獲得するしかない」とゴス氏は述べ、これから重要になるスキルとして、「ユースケースの特定」「テクノロジーへの精通」「プロンプトエンジニアリング」「出力結果の見極め」の4つを挙げた。
もう1つの「チェンジマネジメント」では、活用促進活動を通して、アクティブユーザー数を増やすことが重要だ。ある企業では、AIのライセンスを段階的に付与し、徐々にその数を増やすことを決定する。当初はユーザーが活発に使うと期待したが、実際にはすぐに飽きられてしまう。テコ入れのため、トレーニング講座を実施したものの、アクティブユーザーが増えたのは数日で、またすぐに熱狂は醒めてしまう。それを知ってか知らずにか、計画通りに購入ライセンスを増やしたが、アクティブユーザー数が増えることはなかった。この企業の事例からの学びは、ユーザーエンゲージメントの構築を蔑ろにしての大規模展開は不可能ということだ。おそらく全従業員に一気にライセンスを提供していたとしても、自然に使い方が上手くなることはなかっただろう。意識的に活用促進の施策を展開しなくては、得られるはずの価値を得られないのが生成AIである。
残念ながら、AIツールを導入するプロジェクトの全部が全部、成功するとは限らない。自社に適したツールもあれば、そうではないものもある。適したツールを見つけることも含めて、ガードレールの枠内で実験的な取り組みに挑戦することも、チェンジマネジメントの一環として認められるべきだ。「重要なのは、ベンダーのロードマップを鵜呑みにしないこと。自分たち独自のロードマップを作成し、そのビジョンの実現を目指してほしい」とゴス氏は語る。生成AI導入は、現在のテクノロジースタックを見直す良い機会になる。自社の業務に照らし合わせ、何をどこに使うのが最善か。ベンダーロックインの懸念もあるので、慌てて今、ベンダーを絞り込む必要はない。最もビジネス価値が得られるようにするには、どうするのが一番いいか。企業がAI戦略を見直すとき、4つの戦略的必須要素は示唆を提供してくれる。
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冨永 裕子(トミナガ ユウコ)
IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...
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