なぜ企業の生成AI活用は思うように進まないのか? 2025年8月27日から28日に開催されたガートナージャパンの「デジタル・ワークプレース サミット」で、その理由が明らかになった。パイロット導入は進むものの、大規模展開への投資意向を示した企業はわずか17%。8割超の組織が価値を実感できずに停滞している背景にある課題と、その解決に向けた実践的アプローチを「デジタル・ワークプレースにおける生成AI活用戦略:4つの重要トレンド」講演から解説する。
足踏みが続く企業の生成AI活用、その背景にある課題とは?

今回のイベントで紹介された内容は、2025年7月に日本を含む世界のITリーダーを対象に実施した調査「Gartnerの2025年Microsoft 365 and Copilot Survey」のハイライトになる。振り返ると、生成AIに関しては、経営幹部からの期待がかつてないほど高く、導入自体のハードルは低かったはずだ。しかし、2025年に生成AIアシスタントへの大規模展開に投資する意向を示した回答は17%にとどまり、パイロットプロジェクトを立ち上げるまでは早くても、組織の中で適用範囲を拡大させることに困難を抱えている状況が明らかになった。マックス・ゴス氏(Gartner シニア ディレクター, アナリスト)が、講演会場で同じ質問をしてみたところ、ポジティブな反応はやはり少なかったという。
同調査では、大規模導入に伴う課題も尋ねた。回答のトップ3は「セキュリティとガバナンス/コンプライアンスに関する懸念」「コスト/定量化可能なROIの欠如」「チェンジマネジメントの手間/AIを業務に組み込むことの難しさ」が挙がり、これに「ユーザーのAIリテラシーの欠如」が続いた。この結果を踏まえ、導き出した生成AIで成功するために不可欠な要素として、ゴス氏は「1. AIを導入する理由」「2. セキュリティとガバナンス」「3. AIのスキルとリテラシー」「4. チェンジマネジメント」を挙げた。これらはいずれも汎用的な成功要因であり、全てを網羅する必要があるという。ゴス氏は、「全ての課題に対処できている組織は少ない。例えば、セキュリティとガバナンスだけといった具合に、1つのテーマへの集中に精一杯で、他のテーマに目が向いていない」と指摘した。

また、2024年と2025年で、デジタルワークプレイスにMicrosoft 365 Copilotを導入後、価値を実感しているかを確認している。その結果、過去1年間で大きな価値を実感できているとする回答者が増えた(3%から12%)一方で、そうではないとする回答者も増えた(1%から6%)とわかった。さらに、導入後が停滞していることが伺える回答が依然として多く、8割超の人たちが生成AIの価値を実感できていないことも明らかになった。ゴス氏がマイクロソフトの関係者にこの結果を示したところ、「時間が経過するほど、より多くの価値を享受できる。慣れるまでに時間がかかる」との意見だったという。

AIでも手段の目的化は御法度
大きな価値を実感できている組織が増えてきたことは喜ばしいが、ゴス氏はそのペースが非常に遅いことに懸念を示した。エンドユーザーがテクノロジーのポテンシャルを理解していても、全面展開には前述のような4つの課題を解決しなくては進まない。この現実を踏まえて、前述の4つの視点からAI戦略を見直すことをゴス氏は推奨した。
まず、1つ目の戦略的必須要素「AIを導入する理由」とは、どんなビジネス課題を解決するための導入なのか、背景をよく考えることを意味する。AIに限らず、手段のはずのツールの導入を目的化してしまうと、必ず失敗する。ゴス氏は「何のためにAIを使うのか、共通認識があった組織とそうではない組織の違いで、得られる価値に差が出る。ビジネス課題を明確にし、解決策としてAIが適切であるとの認識を経営層と合意の上、展開をすることが望ましい」と語った。
とはいえ、経営層との合意において、AIツールの導入から得られる価値をどう評価するかについては、手法が確立しているわけではない。実際、多くの企業が定量的な価値の評価方法に悩んでいる。この点について、ゴス氏は、「伝統的なROIの計算では正しい評価ができない」と指摘する。確かに、ビジネスアプリケーションとは異なり、デジタルワークプレイスに導入するMicrosoft 365 Copilotの価値を、時間短縮に焦点を当てて評価しても、「だから何?」となってしまうだろう。
ガートナーが推奨するのは、従業員軸と将来のビジネス軸の2つで評価することだ。ROE(従業員利益率)として、「業務上の摩擦の軽減」「従業員エンゲージメントの向上」「定着率の向上」、ROF(将来利益率)として「プロセスの最適化」「戦略的成長」「長期的な価値」の例を挙げて、ゴス氏は経営層と事前に合意しておくことが望ましいとした。事前の合意があれば、数カ月後に「結局、どのぐらいのコストを節約できたのか?」などの質問で困ることもないし、AI戦略についての理解を深めてもらうことができるだろう。
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冨永 裕子(トミナガ ユウコ)
IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...
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