業界の未来に一石を投じたグーグル、HP、アップルのアナウンス
8月の中盤から後半にかけて、テクノロジー業界はグーグルのモトローラ社買収とHPの発表したM&Aを含めた戦略転換のアナウンスに揺れた。2社の戦略アクションは、単にビッグプレイヤーだからというだけでなく、業界の競争状況がこれからどうなるかに一石を投げかけるものと言えるだろう。アップルのトップであり魂でもあるジョブズの実質的な引退発表も加え、もしかすると時代の終わりを区切る月として今後認識されていくことになるのかもしれない。
しかし、その変化の内実は、巷で言われるような「グーグルもアップル型の垂直構造を目指したのだ。つまりアップルこそが答えであったのだ」というような理解の仕方では競争の力学を十分に捉えきれない。水平か?垂直か?との見方では物事を捉えきれないようなアプローチモデルが存在感を示してきている。
そこで今回から3回に分けて、グーグルやHPの直近動向から見えるテクノロジー業界における競争状況や戦略について考えてみよう。今回はまず、HPの戦略転換の動きを軸として状況を整理する。
HPはIBMモデルへの転換を図るのか?
まず、いまのHPの現状を一言でまとめると「迷走」となる。PC事業を含めた個人向けビジネスの撤退とソフトウェアメーカーであるオートノミーの買収が軸となる先月の発表事項であるが、その後、日本法人の取締役副社長執行役員でありパーソナルシステムズ事業統括でもある岡隆史氏がコンシューマー部門の切り離しという理解は正確ではない、とのコメントを発表しており、さらにはPC部門を切り離したらタブレットはまた戻すかも、と米国側インタビューに答えているものがあったりと、もはや何がなんだかという状況にある。
紆余曲折の末に、当初の発表に近いところに戻りつつあるようだが、webOSの扱いについて発言があるなど、落ち着ききっていないことには変わりない。
背景事情はあるにせよ、大規模なアクションを取ろうとしているところで足並みが揃ってないのはまずい。これでは、全体を通しての戦略方針がない、あるいは立てられない状況にあるということを露呈したのだと理解されてしまう。不安を感じるステークホルダーは少なくないことだろう。
ここ10年くらいのHPの動向を見ると、プロダクトポートフォリオ管理(PPM)と市場寡占志向を基本として動いてきたとまとめられる。教科書的にはHP Wayが基本思想とされており、同社のサイトでもそのように掲示されている。だが、実際の企業行動を見ていると、コンパック買収の際にも議論されたがGEほど徹底はしていないものの、似たようなマネジメントモデルを内包している。そもそもHPのスタートは計測器メーカーだったが、このビジネスはアジレント・テクノロジー社の分離と完全売却にてHPの歴史としては過去のものになっている。事業としてのスタートアイデンティを示すものはもう手元にないのである。
今回の迷走も、会社全体としての事業アーキテクチャー設計が不足した動きと捉えると分かりやすい。詳しくは後述するが、当初発表されたコンシューマー部門の売却と法人市場への特化によるIBMモデルへの転換にしても、実は現状のHPでは実行力に欠ける気配がある。PPM的と判断するのはこの現状も加味してのことである。
アクションとしては、Thinkpadのビジネスを手放したIBMに近い動きを取っていることになるが、競争設計の結果により導き出された結論と、部門数字から弾いたかのような判断では質が異なる。
HPは、法人部門の実体を踏まえると後者の判断をしたに等しい状況下にある。法人向けビジネス分野において基盤、あるいはミドルウェアの部分が弱い現状、そして十分な競争力強化が仕切れていない以上は攻めの戦略とは読めない。
IBMモデルにおいて鍵になるミドルウェア部分の強化に、HPのオートノミーの買収を行うと発表した。しかし、本策はHP全体の競争力に寄与するようでさほどならない。よって、弱い部門の切り離しという財務リストラクチャリングとの読み方の方がしっくりとくる。世のトレンドテーマを意識しつつ、利益率の良さそうなビジネスを買い、そうじゃないビジネスを売却あるいは畳むというアクションでは、IBMモデルの実現は近いようで遠いところにいる。財務管理発想ではたどり着けない世界なのである。
IBMも含めて、B2BのIT企業の力点は製品統合性を高める方向に向いている。単にカタログラインナップを増やすのではなく、強い製品が連携して、あるいは完全に一体として動くように作り変えていく動きである。コモディティ化が激しいといわれるテクノロジー業界で、利益を維持するための手法として標準手法となっている。
しかし、HPはなぜかこの方向へのプロダクト改善があまり行われない。個別の利益管理(と売上管理)だけに神経が向かっているように見える。このあたりが、プロダクトポートフォリオ経営をしていると評する所以であり、少なくとも現段階ではIBMと似て非なるものとする理由である。IR資料や事業構成を見てもこのあたりの根っこの競争力の違いはなかなか分かるものではない。