認識に差があるまま契約に臨むのは問題
――AIについては認識が企業によって違うことも少なくありません。現在の契約に関する問題をどのように捉えているのでしょうか?
荒川:AIの導入案件は非常に増えています。その一方で、ユーザー企業やベンダーによってAIについての認識が異なることで、現場で実務上や契約の問題が発生しています。
清水:従来のソフトウェア開発の契約の雛型では、どちらかというと発注者であるユーザー企業が有利になるケースが多くあります。しかし、AIの契約ではユーザー企業の理解が不十分なことを理由に、受注者側に過度に有利な契約条件になるのではないかという懸念があります。ユーザー企業はAI導入のプロジェクトと従来のソフトウェア開発プロジェクトとの共通点や相違点を整理し、理解する必要があると思います。
伊藤:従来のソフトウェア開発は、予算と時間をかければ何らかの成果物ができることを前提としています。これに対して、AI導入は研究開発の性格が強く、試行錯誤を繰り返さねばならず、期間内に成果を得られるとは限らない。この特徴を理解していないユーザー企業が従来型の契約モデルをそのまま適用しようとすると、トラブルになる可能性が高いといえます。
――AI導入の契約書の中では、成果物をどのように規定していますか?
伊藤:ソフトウェア、学習済みモデル、付随ドキュメントなどを成果物として契約書に定めることはできるでしょう。問題はプロジェクトを終了するための基準が設定できないことです。
荒川:契約時点ではこれから構築しようとするモデルがどの程度の精度になるかはわからない。また、データの使い方でも変わる。つまり、最初の仮説が正しいとしても、モデルの精度が十分な水準に到達しない可能性があり、ユーザー企業が思い描く成果を最初から約束できない。これは既存の契約モデルではカバーすることが難しいと思います。
伊藤:リスクヘッジのために人月での契約も可能ですが、最終的にいつ何ができるかがわからない。この悩みに対する一つの答えとして、経産省から2018年6月に「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」が公表されました。さまざまなケースを想定してたくさんのことが盛り込まれているので完成度は高いのですが、まだうまく使いこなせる企業が出てきていないようです。
清水:経済産業省のガイドラインもありますが、日本ディープラーニング協会が2019年9月に発表した「ディープラーニング開発標準契約書」は、受注側の権利を守る条項が多い傾向があると思います。
伊藤:その通りで、ノウハウの再利用を前提にしています。従来の受託開発契約では、基本的に成果物に含まれる権利を発注者に渡すことを前提としていました。しかし、再利用を許さないというスタンスが、結果的にソフトウェア開発費の高騰と業界全体の非効率化を招いたという懸念があったのです。その会社のデータをそのまま使わないなど、個別に検討するべきことはありますが、新しい契約のあり方を模索してもいいと思います。その意味でこの種の契約でベンダーに権利を留保することには賛成ですね。