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情報と社会インタビュー

「情報と社会――井出明 心のダークツーリズム」(第1回)


観光への興味、テキストデータマイニングで組む観光の導線

井出:問題を設定して、仮説をたてて検証をしてという博論のノウハウはかなり活きていますね。これはどの分野にも必要ですよね。情報学の世界でいうと、NTTや東芝といった企業にいる人たちってきちんとした論文を書く。しかし、観光の世界ってちゃんと研究できる実務家があまりいないんですよ。国内トップクラスの企業さえ体育会系です。15年ほど前は観光学会の口頭発表でも、詩を朗読し始める人がいるほどでしたね。それぐらい観光の研究者の層が薄かったので、他の分野で論文をかく能力があれば普通にやっていけたんですよね。

鈴木:ぼろくそですなぁ。もうフォローは諦めますが、観光学のレジェンドに怒られる理由は理解できました。さて、井出先生が観光を趣味にされたきっかけというか、知らないところに行ってみたいと思うようになったのはどうしてですか。

井出:博士課程のときに毎週、予備校や大学の非常勤で京都から金沢にいっていたんですよ。金沢に週に4日など仕事が詰まったときはホテル暮らしで、空き時間に兼六園などの観光名所に行ってたんですが、見るところもなくなり。観光ガイドブックに載っていないところでも、図書館の郷土史を見るといろいろあるんですよ。それで金沢や富山をいろいろ見て歩き、観光が趣味として深まりましたね。

鈴木:観光として売り出していないところに意外な発見があったと。

井出:意外な発見はかなりありましたね。例えば、富山の氷見の海岸は風光明媚な場所として売り出しているが、地元の寿司屋に行ってみると実はそこで拉致未遂があったことなんかの話を聞ける。行くことで初めてわかることがあるんですよね。金沢も加賀前田百万石の素晴らしい町として売っているが、前田の殿様に虐待された農民の碑文がある。実際に行くとガイドブックでは隠されているものもいろいろ見えます。

鈴木:ダークツーリズムと出会う前、観光学の研究を始めた頃はどのような論文を書かれていたんでしょうか。

井出:はじめは、モバイルナビゲーションシステムやリコメンドについてです。ご夫婦で定年後にどこかに旅行をすると、観光慣れをしている妻は1人で美術館にいったり、昼飯にいったりできるが夫は、ホテルのフロントに「俺は何をすればよいのか」と相談に来てフロントの人も困る。そこで、今のアマゾンのリコメンドシステムのような、電子コンシェルジュのようなものを作れないかと。論文として残っているのは、観光情報位相図や観光オントロジーなどです。首都大の時に研究したのですが、楽天トラベルのホテルのレビューをテキストデータマイニングで解析すると「レストランと夕日」が「卓球と温泉」などが近接性の高い言葉としてでてくるんですよね。テキストデータマイニングで、夕食は夕日が見えるレストランにするという導線を組むことの正当性が見える。点として存在している観光資源をどう繋ぐか、観光の方法論としてITを使う、それによって観光にもイノベーションが起こせるというようなことを書いていました。 もともと、私が首都大に移ったときは、観光情報学の教員として雇われましたし、追手門は情報システムの教員としてなので、今こうしてダークツーリズムの専門家になるとは全然思ってなかったんですよ。震災以降、原稿の依頼が増えて、ダークツーリズムの専門家になりましたけど、元はITと観光の関係でやっていたんですよね。

 実はITと観光の関係というのは、国外ではそれなりに研究の蓄積がある。電子コンシェルジュもナビゲーションも、人を移動させる導線を作るとき全員最短距離での移動だと、そこの経路だけがものすごく混んでしまうので迂回路を作るんですよ。そこに電子クーポンのあるお店を配置して人を迂回させると混雑が減るといった研究があるんです。

観光と情報からダークツーリズムへ

鈴木:そもそも井出先生がダークツーリズムと出会ったきっかけは何だったのでしょうか。

井出:北海道の観光資源について研究していたとき、小樽商科大から100周年記念で北海道の観光について考えるから講演をしてくれと頼まれたんです。そこで、北海道の観光資源として、アイヌの問題、囚人労働、終戦直前に朝鮮の人にインフラをつくってもらったこと、樺太からの引き揚げなどの悲惨な側面も観光資源にできるという講演をしたら、ニュージーランドから来ていた先生に「あなたのやっていることはダークツーリズムと呼ばれていて、現在ヨーロッパで盛んに研究されている」と言われてダークツーリズムを知りました。

小樽商科大学内にある学徒出陣による犠牲者の慰霊施設「緑丘戦没者記念塔」(提供:井出明さん)

鈴木:それからすぐにダークツーリズムを研究するようになったのですか。

井出:ええ、それこそ情報学研究科時代にもダークツーリズムのようなことはやってましたね。防災研究所と兼任していた先生が「IT時代における防災情報の流通」などを話されていた。私もそういう論文を書いていたので、その先生の仕事を手伝い阪神・淡路大震災の復興調査も一緒にさせてもらった。その時、防災学者というのは、何千人の人が死んでも距離を一歩おいて考えられるような人でないと研究できない。悲劇に対して客観的になれないとダメだとわかったんです。被災者に寄り添うと学問にならない。専門家として俯瞰的にみて、客観的に考えないといけない。私はなかなか割り切ることが出来ないので防災の専門家には絶対になれないですが、せっかく防災の知識もついたので、復興と観光の関係は書けるのではないかと思って書いていました。例えば火山災害に苦しんだ三宅島の復興に観光がどう貢献できるか、などですね。

 それで東日本大震災が起きたあと、公的なシンクタンクから東日本大震災の復興を観光面から考える特集を組むというので原稿の依頼がありまして、そこでヨーロッパにはダークツーリズムという考え方があり、悲劇を観光資源として地域の復興に役立てているという内容を書いたら、旧来の観光系の人たちから「被災地をダークというとは何事か」と叩かれました。ただダークツーリズムは2000年代後半からヨーロッパでは一大潮流になっていたので、日本の批判はレベルが低かったように思います。

鈴木:レベルの低い批判はどこにでもありますからね。

井出:ええ。あとは福島第一原発事故後に、東浩紀さんが別ルートでダークツーリズムという概念を見つけ出したようで、私の論文にたどり着き連絡がきて一緒に研究を始めました。東さんは発信力があるのでダークツーリズムという概念を一気に広めてくれたんですが、多少炎上体質もあるので、認知度と批判が一緒にあがりましたね。

鈴木:でも結果的に認識が広まったことは良かったんじゃないですか?

井出:結果的にはよかったですよ。というのも、ダークツーリズムという方法論は災害復興以外にも非常に汎用性が高いんです。今だと、ハンセン病療養所の島を世界遺産にするという話がありますが、世界遺産になれば見学者が現地に行くこともセットで考えなければなりません。そうすると観光させるための方法論が必要です。ダークツーリズムの方法論を使えば、他にも産業遺産を炭鉱の労働災害、労働問題や環境保全といった観点から複合的に産業構造として考えるなど、物事を多面的にみられるので、広く知られて良かったと思っています。

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なぜ「ダーク」か、キリスト教的人間論

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この記事の著者

鈴木 正朝(スズキ マサトモ)

新潟大学 大学院現代社会文化研究科/法学部 教授(情報法)。理化学研究所 革新知能統合研究センター 情報法制チームリーダー、一般財団法人情報法制研究所 理事長を兼務。 1962年生。中央大学大学院法学研究科修了、修士(法学)。情報セキュリティ大学院大学修了、博士(情報学)。 情報法制学会 運営委員・編集委員、法とコンピュータ学会 理事、内閣官房「パーソナルデータに関する検討会」構成員、同「政府情報システム刷新会議」臨時構...

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