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「情報と社会――井出明 心のダークツーリズム」(第1回)

edited by Operation Online   2019/10/22 10:00

なぜ「ダーク」か、キリスト教的人間論

鈴木:そもそも「ダーク」という命名がなされたのはどうしてなんでしょうか。井出先生からダークツーリズムを伺っている限りは、「そこの土地にいる人間を見る」という印象を受けます。 必ずしもダークばかりとも言えないような、両面あるように思いましたが。

井出:ヨーロッパの場合、キリスト教文明圏なので天使と悪魔、天国と地獄、生と死、光と陰と、明るさとセットで暗い部分も受け継ぐんですよね。ですから<世界遺産>という言葉についても、日本語のように<負の世界遺産>という概念は英語にない。第1回の世界文化遺産登録8箇所の段階で西アフリカのゴレ島という奴隷売買の土地、ダークなものが入っていましたし、2回目にはアウシュビッツ収容所も入ってくるわけです。ダークなものも当然含むというのがヨーロッパの考え方です。一方で日本は、暗い記憶は無視しますよね。明るく元気な過去として、ネガティブなものを捨象して受け継ぐ。ダークツーリズムが日本で広く用いられない理由として文明観の違いがあります。

鈴木:ダークツーリズムは、風光明媚と対局のところにあるということですか?

井出:いえ。ハンセン療養所などは僻地に隔離されるので、美しい自然景観の中で絶望的な人権侵害が行われたと考えることも出来ます。そこには悲劇的な美しさがありますね。北海道の炭鉱や鴻之舞鉱山も同じです。新書で世界遺産の知床について書いたのですが、今でこそ風光明媚な場所ですが、高度成長期の終わり頃には森林伐採が進んでいた。当時は伐採を断ち切るために、成田闘争のノウハウに倣って林野庁に諦めてもらおうと、立ち木や一坪地主に分けて登記するとかやっていたんですよ。今は美しい森林だがそういったダークサイドな過去が隠れている。風光明媚なものの過去にも実はドス黒いものがあり、見えないところに隠れている。それを掘り起こすのは学問的な高揚感を味わうことにもなります。

ハンセン病療養所「沖縄愛楽園」のある島の風景(提供:井出明さん)

鈴木:ダークツーリズムがゲンロンカフェでブレイクしたのは、原発事故の被災地としての福島との関係があったように思います。

井出:福島について私自身は、今は関わりにくくになってしまいました。取材依頼が来たら受けますが、外から積極的に関わることはイコール政治と関わることになってしまった。福島の人たちが自発的に、主体的に、「ダークツーリズムの方法論を使いたい」ということであれば、その言葉を現地で使うかは別としてノウハウは提供します。しかしそういった話にはなりませんね。福島のダークツーリズムとしては、原発問題そのものより、その後、外国人技能研修生を使った廃炉労働の問題や復興過程において清水建設役員宅の庭整備に復興のお金が使われる汚職といった、放射能以外のダークサイドの問題がかなりある。その部分は右も左も関係なく指摘できるのでダークツーリズムが適用できるかもしれません。ただ、放射能が危険か安全かという議論になるとそこから進まなくなる。

鈴木:事故現場が危険で人が近づけないのは事実ではあります。

井出:その部分はそうです。放射能が扱いづらい対象であることは確かですが、人体に危険な影響があるのかについては、科学的な脅威というものを高く見積もる人もいれば低く見積もる人もいる。そこでの対立構造はダークツーリズムの対象になるが、放射能そのものがダークだという話には実はならないんです。例えば、白骨死体があるからといってダークではない。白骨死体がなぜそこで生まれて放置されてきたのか、なぜ隠蔽されてきたのかなどの構造を見に行くのがダークツーリズムです。

 単に怖いだけではホラーショーになってしまう。ダークツーリズムは20世紀後半のポストモダンの潮流で、近代の歴史や社会を反省する中で生まれてきました。そういった問題意識が引っかからないとダークツーリズムにはならない。

 新潟水俣病資料館(新潟県立環境と人間のふれあい館)には、水銀中毒という自然科学的な公害以上に社会の分断を見せる仕掛けがある。水俣病患者は、体調の良いときも悪いときもあるので、杖をついているときもあればついていないときもあります。そうすると患者は「人がみているときだけ杖をついてるよな」、「偽患者」などと言われて傷付き、社会の分断が生まれた。これはダークツーリズムです。

 福島の場合は、県外の労働者たちが福島に移って仕事をしているケースがままありますが、既存コミュニティの人たちはいきなり新しい「移民集団」が来たことに違和感を覚える人たちもいます。そういった難しい状態を見せて考えさせる仕掛けが必要です。ただ、現在の福島でやろうとしている観光って、明るく元気、絆が中心になっています。これは非常に虚構性が高い。地域の負の部分を受け止め、来訪者とともに考える仕組みがあれば生産的なツーリズムとなりますが、観光にそういう力があると気づいている人が地元にもあまりいないですし、観光事業者にもあまりいない。その意味で福島とは関わりづらいです。


著者プロフィール

  • 鈴木 正朝(スズキ マサトモ)

    新潟大学 大学院現代社会文化研究科/法学部 教授(情報法)。理化学研究所 革新知能統合研究センター 情報法制チームリーダー、一般財団法人情報法制研究所 理事長を兼務。 1962年生。中央大学大学院法学研究科修了、修士(法学)。情報セキュリティ大学院大学修了、博士(情報学)。 情報法制学会 運営委員・編集委員、法とコンピュータ学会 理事、内閣官房「パーソナルデータに関する検討会」構成員、同「政府情報システム刷新会議」臨時構成員、経済産業省「個人情報保護法ガイドライン作成委員会」、厚生労働省「社会保障SWG」、同「ゲノム情報を用いた医療等の実用化推進タスクフォース」等の委員、一般財団法人日本データ通信協会「Pマーク審査会」会長等を務める。 HP:https://rompal.org/

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