
本連載では、ITプロジェクトにおける様々な勘所を、実際の判例を題材として解説しています。が、今回はいつもとは少し違った視点で、ある事件について考えてみましょう。取り上げるのは、「秘密情報漏洩」について争われた裁判の事例です。ある企業で、社員が営業秘密を意図的にライバル会社に漏洩する事件が発生しました。普通に考えればその社員が100%悪いように見えますが、場合によっては罪に問えないこともあるようです。いったいなぜでしょうか。
企業の営業秘密をライバル会社に漏洩した社員
今回は、この連載では非常に珍しいのですが、企業における秘密情報漏洩の例として刑事事件を取り上げます。
もちろん、「刑事」といっても話題にするのは情報システムからの秘密情報漏洩についてで、犯罪そのものについて論じるのではありません。ただ、この裁判における弁護士の主張と裁判所の判断の中に、情報システムの開発や管理を行う者として重要な発見があったため、紹介することにしました。
事件は、ある塗料メーカーで発生しました。塗料というのは、その材料と配合割合によって色合いがまったく変わってしまうものらしく、各社が用途に合う配合を日々研究し商品化しているようです。したがって、その情報は塗料メーカーにとって重要な営業秘密となるのですが、ある塗料メーカーの子会社に勤める管理職の社員が、親会社のシステムにアクセスしてこの情報を盗み、あろうことかライバル会社に漏洩してしまったようです。まずは事件の概要をご覧ください。
名古屋地方裁判所 令和2年3月31日判決
被告人Xは塗料の製造、販売等を目的とするA社の子会社であるB社において商品開発等の業務に従事する会社員であり、A社の営業秘密情報が格納されるシステムへのアクセス権限も付与されていた。
Xは同権限を付与されるにあたり、A社の営業秘密が記録された電磁的記録を個人所有の可搬型記録媒体内に保存することを禁止した内部規則を遵守することを秘密保持契約において約していた。
ところがXはAの営業秘密である塗料の原料及び配合量に関する電磁的記録をX所有の可搬型記録媒体内に保存し、A社と競合関係にあるC社にこれを漏洩した。
(出典:裁判所ウェブサイト)
ごく簡単ではありますが、事件の概要としては上記のようになります。これだけを見ると、Xが行ったことはまさに産業スパイさながらで、起訴されるのも当然だし、有罪も免れないだろうと考えられます。
結論から言えば、たしかにXには有罪判決が下ることになります。しかし、判決文を読んでみると、このような情報漏洩があったとしても漏洩した人間を有罪とするには一定の条件が必要とされるようです。
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細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員1964年神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。大学を卒業後、日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステムの開発・運用に従事した後、2005年より20...
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