前回、社内DX大学が生まれるまでの経緯を書いた。ツール導入の失敗、社外での学び、対話を通じた確信、そして社内への持ち帰り。あれは一人のDX推進者としての物語だった。今回は最終回として、あの経験を経て私が今どこに立ち、何を見ているかを書く。当事者から支援者へ。立場が変わったことで見えてきた景色がある。
【過去の連載】
- (第4回)なぜAI活用は「ツールの配布」で終わるのか?
- (第3回)「木こりのジレンマ」をどう乗り越えるか?
- (第2回)なぜシステムは使われないのか?効率化がDXを阻む逆説
- (第1回)変革を遠ざける「DXじゃない論争」
視座が変わったからこそ見えること
社内DX大学を立ち上げた後も、取り組みは続いた。次世代リーダーの育成に着手し、ボトムアップ・トップダウン・ミドルの三方向から改革を仕掛けた。自律型組織への転換にも挑戦した。一つの企業の中でやれることを、やり尽くしたわけではない。しかし、この経験をもっと広く、多くの企業に届けたいという思いが強くなった。
今の私は九州先端科学技術研究所(ISIT)の特別研究員として、地域企業のDX推進を支援する側に立っている。
当事者から支援者へ。立場が変わったことで、見える景色も変わった。
社内にいた頃は、自分の組織の壁だけが見えていた。ツールが使われない。言葉が通じない。推進者が孤立する。それが自分だけの問題なのか、構造的な問題なのか、判断がつかなかった。
しかしISITで複数の地域企業と関わるようになって、はっきりした。同じ壁が、いたるところで起きている。
同じ壁が、いま全国で起きている
ある企業では、全社にSFA(営業支援システム)を導入したが、半年後も営業担当者の多くはExcelで報告書を作り続けていた。導入した側が「SFAに入力してください」と呼びかけるが、現場は「今のやり方で回っている」と動かない。3年前の私が見た光景と、まったく同じだ。
別の企業では、DX推進の担当者が社外のセミナーで学んだことを社内に持ち帰ろうとしていた。しかし「横文字ばかり使って何を言っているのか分からない」と冷ややかに受け止められ、孤立していた。あの頃、資料を作って各部署を回っていた自分の姿と重なった。
これらは私一人の体験談ではなかった。連載を通じて書いてきたこと——定義論争の弊害、サイロ化の逆説、内発的動機の重要性、越境学習の力——が、地域企業のDX現場で同じ構造として繰り返し現れる。ツールが使われない。推進者が孤立する。定義論争で止まる。内発的動機のない全社展開が空振りする。
問題は個人ではなく、構造にある。この確信は、支援者の立場に立ったことで、より強くなった。
同じ構図、しかし新しい可能性
第4回で「生成AI時代も、構図は変わらない」と書いた。導入する側と使う側の断絶。「自分たちで試していい」という空気のなさ。失敗を恐れる文化。これは今も変わっていない。
しかし、生成AIには、ノーコードツールの時代にはなかった特性がある。
ノーコードツールの時代、「作る人」と「使う人」は分かれていた。アプリを作るには、ノーコードとはいえ、一定の設計力と学習時間が必要だった。だから「情シスの私だけが使っていた」という状況が生まれた。
生成AIは違う。自然言語で指示を出せば、誰でもすぐに使える。議事録を要約する。メールの下書きを作る。データを分析する。特別なスキルがなくても、日常業務の中で試すことができる。全員が「使う人」になれる可能性がある。
これは、変革のハードルが劇的に下がったことを意味する。
しかし、ハードルが下がったことで、別の壁が見えてきた。
「AIを使ってください」と言われても、何に使えばいいか分からない。ライセンスは配られた。研修も受けた。しかし、自分の業務のどこにAIを組み込めばいいのか。具体的なイメージが湧かない。
これはノーコードツールの時代と似ているようで、実は性質が異なる。ノーコードの壁は「作り方が分からない」だった。生成AIの壁は「何を聞けばいいか分からない」だ。
AIは答えを返してくれる。しかし、良い答えを引き出すには、良い問いが必要だ。では、良い問いはどこから来るのか。
ここに、社外に出ることの価値が再び浮かび上がる。
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- この記事の著者
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熊本 耕作(クマモトコウサク)
公益財団法人九州先端科学技術研究所(ISIT)特別研究員。現場から経営戦略、組織開発、AI活用まで——部門と領域を越えて全体をデザインする"越境型DXアーキテクト"。
20年にわたり、現場に深く入り込みつつ全社を俯瞰して構造を再設計。製造・調達・物流のDXからAIによる人員配置最適化、生成AIの全社展...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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