違和感を抱いていた「官民の関係」
松村氏は1991年に大学院を卒業し、日本興業銀行(現、みずほ銀行)に入った。長らく金融の領域で経験を積んだ後に、2007年にはサイボウズに転職。サイボウズでは主に、ICTを活用して地域の問題を解決するための仕事に従事したという。2016年には副業で福祉業界の経営やICT活用のアドバイザーの仕事もするようになる。そして2022年6月から、自身も住民である世田谷区のDX推進をリードするべく副区長に就任した。
松村氏は、サイボウズ時代に官民が連携することで様々な社会問題を解決する仕事をしてきたという。その中の一つとして、東日本大震災復興のためのサイボウズの支援窓口にもなったことを挙げた。様々な自治体に出向いたが「自治体と住民の間でどうしても相互不理解が生じてしまい、不幸な人々を生み出していると感じました」と松村氏は振り返る。
他にも福祉関連の仕事をする中で、官民のやりとりに違和感を抱くこともあったという。本来、「官」と「民」は対等の立場であり、役割を分担し適宜情報交換を行いながら社会の問題を解決するべきだ。しかし、実際に様々な自治体などで話をしていると、民に対する捉え方がしっくりこない。「たとえば民間企業に業務などは委託するけれど、一緒に問題解決しましょうとはなりづらく、少し違うように思えました」とも言う。
官と民の間が理想的な関係性になっていない。そう感じていたときに、サイボウズの社長の紹介もあり世田谷区の副区長の話が舞い込む。自身が官側の立場に立てるのならば、官と民が一緒になり社会の問題解決に取り組めるのではと考える。さらに世田谷区にはDX方針として2021年3月策定の「Re・Design SETAGAYA」があった。その中には「行政サービスのRe・Design」「参加と協働のRe・Design」「区役所のRe・Design」という3つの方針が掲げられており、参加と協働はまさに松村氏が考える官民が一緒に取り組む連携であり「これにも共感できたことで、副区長を引き受けることにしました」と松村氏は言う。
実際に副区長となり、松村氏がリードすることになったのがDX推進担当部だ。この部署が担うのは、Re・Design SETAGAYAの方針に基づいて世田谷区全体のDXをリードするだけではない。既存のITシステムの企画や運用、国が進める自治体情報システムの標準化、共通化、さらにはマイナンバーへの対応など情報システムに関連する幅広い業務も担当する。部門のメンバーは40人ほどで、やるべきことは多く、人手は十分とは言えない。そのため、松村氏が主導して本格的に進めるDXに関しては、DX推進担当部だけで進めるのではなく、それぞれの業務所管部と連携して進めることを選んだ。
サイボウズとは別世界だった区役所の組織
松村氏が民間、それもサイボウズというICTを先進的に活用し働き方改革にも積極的に取り組んでいる企業から、区役所という行政組織に移り1年が経過した。「この1年はあっという間でした。そして区役所という組織はまったくの別世界でした」と松村氏。区役所という地方自治体の組織は、明治時代以降、安定性を保つことを目指し独自文化の中で活動してきた。進んでいる民間企業からすれば「紙の書類が多い、会議が多く時間がかなり長いなど、別世界のようで日々発見の連続でした」と話す。
とはいえ、別世界なだけであって区役所が特別遅れているという訳ではないと強調する。あくまで様々な事情があっての現状だ。多くの住民がいる世田谷区役所の中では日々変化があり、現場レベルで改善する意識も高い。ただ、区職員として中に居続けると見えないところがたくさんある。「紙の書類は多く、中にいるとそれが当たり前になってしまいます。私のように外からまったく違う価値観の人間が入ってきて、こうしたらどうかというのをぶつけると、工夫して改善するようにもなります」とも言う。
役所の組織は縦割り構造になっており、横の組織との情報共有が難しいのも特徴だった。組織間の情報共有は容易ではないが、縦割りの組織の中では情報の統制もしっかり効いている。一方でサイボウズでは情報の共有などは全社オープンであることが多く、ここには大きなギャップを感じたとも言う。今後、情報共有を進める上では、様々な調整も必要になることが分かってきた。