オンバランス化だけではない、新リース基準がもたらす実務の変化
新リース会計基準の最も大きな変更点は、原則としてすべてのリース契約をオンバランス処理しなければならないことだ。しかし、その影響は前述したように財務諸表の見た目が変わるだけに留まらない。
「単純な経費処理ではなく、リース期間を何年にするべきかを見積もった上で、その期間すべてにおいてリース負債の返済や利息の計上、減価償却費の計算など、資産側・負債側ともに処理を継続して行わなければなりません」(田村氏)
会計処理の複雑化は、主に3つの側面から企業の実務に大きな影響を及ぼす。
第一に「リース対象範囲の拡大」である。たとえば、これまでは費用処理が一般的だったオフィスの賃貸借契約なども、新基準では原則としてリースの対象となる。これにより管理すべき契約の数が大幅に増加し、経理部門の業務負荷は増してしまう。
第二に「契約期間の見積もりの複雑化」だ。従来の会計処理では、契約書に記載された契約期間だけを考慮すればよかった。しかし新リース基準では、“経済的な実態”が重視される。「契約期間が2年であっても、実態として10年ぐらいの利用が想定されるものであれば、10年分のリース資産や負債を計上しなければなりません。そして、この『10年』という期間が妥当なのか、8年なのか20年なのか……そもそも考慮すべき事項が増えること自体が負荷になるでしょう」と田村氏。客観的な根拠が求められるため、監査法人との協議も必要となる。
そして第三に「契約変更時の再計算の煩雑さ」である。リース期間中に賃料の変更や契約内容の見直しが発生した場合、その都度将来にわたる使用権資産と負債の価値を再計算し、見積もりを再度行う。田村氏は「対応すべき事項が多岐にわたり、それらの履歴も追い続ける必要があります。リースのライフサイクル全体で考えると、相当な手間が発生するでしょう」と指摘する。
こうした変化に対応することを考えたとき、Excelなどを用いた手作業での管理は、もはや限界を迎えているといっても過言ではない。契約情報の網羅的な把握、複雑な計算ロジックの維持、変更履歴の管理、監査に耐えうるだけの正確性の担保……これらすべてをExcelで実現しようとすれば、ヒューマンエラーのリスクは避けられず、属人化も進んでしまう。つまり、新リース会計基準への対応では、必然的に“システム化の検討”を避けて通れない。
Excel対応は非現実的? システム化を巡る課題と選択肢
新リース会計基準がもたらす業務の複雑化を前に、多くの企業がシステムによる対応を模索しはじめている。しかし、その道のりは決して平坦ではない。田村氏によれば、先行してIFRS対応を進めていた企業からは、「これまでExcelでなんとかやってきたが、IFRSへの対応は難しい」という声が多く聞かれたという。ましてや、これから初めて同様の対応を行う企業にとって、Excelでの管理は大きなリスクとなるだろう。

また、システム化を検討する際、その選択肢は絞られてくる。既存の会計システムやERPの追加機能(アドオン)を利用したり、個別に追加開発を行ったり、あるいは新たなシステムを導入するといったパターンだ。ここで留意すべきは「新リース会計基準に対応しています」と謳っていても、すべての取り引きパターンに対応できるわけではないという点だ。自社が抱えるリースの種類や契約パターンを分析し、候補となるシステムがそれらにきめ細かく対応できるかを見極めなければならない。
そして、ここにも時間的制約が立ちはだかる。多くのシステムベンダーが新リース会計基準への対応を表明しているものの、現時点では実装されていないことが多く、どのようなものが出てくるのかは蓋を開けてみなければ、わからない部分もあることが現状だ。たとえば、田村氏が所属するマルチブックでは、IFRS対応のために5年以上前からリース管理機能の開発・改修を重ねてきたことで、新リース会計基準への対応も比較的スムーズに進んだという。こうした先行者としての実績があるかどうかは、ベンダー選定における一つの重要な判断基準となるかもしれない。
一方、ユーザー企業側にも課題がある。田村氏は「そもそも『リース資産管理システム』というものが世の中にあることを知らず、『Excelでやるものだ』と思い込んでいる方も少なくありません」と指摘する。加えて、相談先となる監査法人などのコンサルティングファームでは、既に「もう手一杯で受けられない」と相談を断られるケースが出始めているという。上流工程の逼迫は、やがてシステムベンダー側にも波及していき、システム導入プロジェクトが停滞する可能性もあるだろう。
「遅くても来春ぐらいから導入を始め、半年ほどで導入を終えられたら、残りの半年をトライアル期間に充てる」というのが、田村氏が推奨する現実的なスケジュールだ。システム化の要否判断からベンダー選定、トライアル期間までを考慮すると、今すぐ行動することが求められている。
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岡本 拓也(編集部)(オカモト タクヤ)
1993年福岡県生まれ。京都外国語大学イタリア語学科卒業。ニュースサイトの編集、システム開発、ライターなどを経験し、2020年株式会社翔泳社に入社。ITリーダー向け専門メディア『EnterpriseZine』の編集・企画・運営に携わる。2023年4月、EnterpriseZine編集長就任。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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