全社プロジェクトで挑む 対応完了までの「3フェーズ」
新リース会計基準への対応は、会計・財務や経理部門に閉じた話ではない。田村氏は「影響範囲は基本的にすべての部門に及びます。リース資産は各部門で使われているものなので、全社に影響があるものだと考えるべきです」と述べ、部門横断の全社プロジェクトとして取り組む重要性を強調する。会計・財務、経理部門が旗振り役となりつつも、ITや調達・購買など、他部門を巻き込んだ推進体制を構築できるかが成否を分けるだろう。
そこで具体的なアプローチとして、田村氏は以下3つのフェーズを提案する。
フェーズ1:影響把握と方針決定
最初のステップは、自社に存在するすべてのリース契約を洗い出し、それらがオンバランス化された場合に財務諸表(B/SやP/L)に与える影響を試算することだ。「経営陣向けに、まずは『資産がこれくらい増えます。B/Sの見え方がこのように変わるため、各種経営指標もこの程度変わります』といった、大まかなイメージを共有することが重要です」と田村氏。算出した影響度合いを基にリース期間や割引率の算定方法といった、会計方針の根幹を監査法人とも協議しながら決定していく。
フェーズ2:業務設計とシステム選定
方針を固めたら、次に具体的な業務プロセスの設計、それを支えるシステムの選定に進む。たとえば、各部門からリースに関する情報(新規契約、契約変更、解約など)が遅滞なく経理部門に連携される仕組み、つまり業務フローを構築する。田村氏は「システムの選定からは、IT部門の協力が欠かせない」と話す。システム機能の要件定義、既存システムとの連携、ベンダー選定といった各プロセスにおいて、IT部門の専門知識は不可欠だ。ただし、SaaS型のシステムを導入する場合、IT部門の工数を多くかけずに導入できるケースも増えているという。
フェーズ3:導入とトライアル
システム導入が完了したら適用開始まで、十分なトライアル期間を設けることが極めて重要だ。「最低でも半年、できれば1年ほどのトライアル期間を設けた方がよいでしょう」と田村氏。トライアル期間中に新しい業務フローが問題なく機能するのか、システムから出力される仕訳や注記情報が正しいのかなどを徹底的に検証する。さまざまな契約パターンを想定したテストケースを実施し、監査法人と結果をすり合わせることも必要だ。それらの結果を踏まえてルールやフローを見直したり、社員向けの研修を追加したりと、多少の手戻りも発生することは見越しておくべきだろう。
3つのフェーズを着実に実行するためには、相応の時間が必要だ。「今回は『そもそもどう処理するか』という正解がないところから作らなければならず、想定以上に時間が必要です」と田村氏は念を押す。
迫るタイムリミット 新リース会計基準を「DX」につなげる
新リース会計基準への対応は、多くの企業にとって“対応しなければいけない”負担の大きいプロジェクトだ。しかし、前向きな側面もあると田村氏は強調する。
「新リース会計基準に対応することで、海外の投資家から見ても財務諸表の比較可能性が高まります。これは日本企業にとってチャンスでもあると考えています」(田村氏)
グローバル市場で戦う企業にとって透明性を高め、投資家への説明責任を果たすことは、企業価値向上に直結する。今回の改定は、そのための重要な一歩となるのだ。
さらに単なる制度対応で終わらせず、「財務DX」「経理DX」を推し進めるための追い風と捉える視点も欠かせない。これまでExcelによる手作業と属人的なノウハウに支えられてきたリース管理業務をシステム化することは、業務の標準化・効率化を大きく前進させる。実際に田村氏が所属するマルチブックの導入企業からは、「作業時間の削減はもちろん、正確性も担保されるようになり、精神的なプレッシャーからも解放された」という声が寄せられているという。こうした効率化によって生まれた時間やリソースをより付加価値の高い業務に振り向けることができれば、それは企業全体の競争力強化につながる。
タイムリミットが迫り、監査法人やコンサルティング会社、システムベンダーの逼迫も予想される中、企業には迅速な意思決定と行動が求められている。新リース会計基準への対応を課題ではなく、自社の財務基盤を強化し、DXを加速させるための絶好の機会と捉えること。その前向きな視点こそがプロジェクトを成功に導く鍵となる。

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岡本 拓也(編集部)(オカモト タクヤ)
1993年福岡県生まれ。京都外国語大学イタリア語学科卒業。ニュースサイトの編集、システム開発、ライターなどを経験し、2020年株式会社翔泳社に入社。ITリーダー向け専門メディア『EnterpriseZine』の編集・企画・運営に携わる。2023年4月、EnterpriseZine編集長就任。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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