JTCにいる堅物上司の「正解」はもう通用しない? DX先進組織が実践する“上司と部下”の関係構築法
第6回:上司は「正解を出す人」から「正解をともに探す人」へ

多くの日本企業、特に規模の大きな日本の伝統的企業「JTC(Japanese Traditional Company)」では、DXが掛け声倒れに終わるケースが少なくありません。こうしたケースは多くの場合、非技術的なことで課題を抱えています。連載「住友生命 岸和良の“JTC型DX”指南書」では、住友生命でITプロジェクトのリーダーを務め、社内外でDX人材育成に携わる岸和良(以下、筆者)が、JTCのDXを阻む要因を紐解き、真の意味で変革を遂げるための具体的な方法を解説。第6回となる本記事では、DX時代に必要な「上司と部下の関係」を解説していきます。
DX時代に必要な上司と部下の関係
これまでの連載で、JTC型DXを推進する上で欠かせない「横の連携」「スモールDX」「実行に必要な5つのスキル」「管理職や経営層の意識」などを解説してきました。第6回となる今回はDXを推進するために必要な「上司と部下の新しい関係」について考えます。
DXは単なる技術導入ではなく、ビジネスモデルや組織の在り方そのものを変える思考・行動が求められます。そのためには、従来型の「上司が持つ“正解”に沿って指示が出され、部下が従う」という一方向的な関係性ではなく、双方向に学び合いながら新しい価値を生み出す関係性が必要です。この点を理解するために、まずはDXという言葉が存在しなかった時代の上司と部下の関係を振り返ってみましょう。
上司が「正解」をもつ時代は終焉へ
かつての日本企業において、上司は意思決定や業務遂行に必要な情報やノウハウを独占的に持ち、部下はその知識や経験に従って仕事を進めていました。情報の流通経路は基本的に組織階層の上から下へのフローに限られていたため、上司に情報が集中し、経験豊富な上司が「正解」を提示できる体制が成り立っていました。ある意味平和な時代です。
筆者自身も担当レベルから課長になるまでの20年間、1990〜2010年ごろにその環境を経験しました。当時の生命保険ビジネスは過去の成功モデルの積み上げや手続きのルール順守、社内人脈の活用によって業務が遂行されており、デジタルやデータは業務効率化の道具に過ぎませんでした。この時代の部下(担当者や中間管理職レベル)に求められたのは、上司(経営層や部長、プロジェクトリーダーレベル)の判断を正確に理解し、忠実に実行すること。報連相を徹底し、根回しを怠らないことが合理的行動とされていました。市場環境の変化が緩やかだったこともあり、この仕組みは一定の妥当性をもっていたといえるでしょう。
しかし、現代では状況が大きく変わっています。変化をともなう新しいビジネスモデルやデジタル技術が常に出てくるDX時代では、必要な情報やノウハウは社外に多く存在するため、社内を探すだけでは正解が見つからないことが増えました。専門家によるセミナー、オンライン教材、SNSでの議論、スタートアップの知見などといった社外に広がる情報を上司が入手できず、現場の部下が直接入手するケースが出てきたのです。
この結果、上司が情報の優位性を保てず、判断できない(=正解を提示できない)場面が増えました。これは従来の上司と部下の関係性に大きなマイナスの影響を与える要因になり得ます。部下は「上司を信頼できない」と感じるようになり、関係性が揺らぐようになったからです。
DXが注目される前は、マス広告の打ち方や販売チャネルの選択、商品設計の方法など、経験豊富な上司が「こうすればうまくいく」と断言できました。しかし、今は顧客行動がSNSやアプリなどのテクノロジーに大きく左右され、サービスの流行も短命化しています。もはや「正解を持つ人」は存在せず、仮説を立てて素早く検証するしかありません。こうした潮流の変化が、上司と部下の関係を根本から変えているのです。
上司が抱える「不安」と部下が抱える「いら立ち」
このような環境の変化は、上司と部下それぞれに異なる感情を引き起こします。まず上司が感じやすいのは「不安」。「長年積み重ねてきた経験が通用しないのではないか」「部下に知識で追い抜かれるのではないか」「デジタルに弱いと見透かされるのではないか」──こうした不安は上司がこれまで積み上げてきた自信を揺るがします。また、正解がない中で意思決定を迫られることは大きなストレスになります。もし失敗すれば、責任は上司に集中する。たとえ部下に任せたい気持ちがあったとしても、「最後に責められるのは自分」という意識が消えることはありません。
一方、部下は「いら立ち」を感じるようになります。デジタルを駆使して自分で情報を収集し、データ分析もできる環境がある中、自分の方が現場を理解していると思う場面が増えているでしょう。しかし上司にデータを示しても「昔はこうだった」と退けられ、理解されない。その積み重ねがストレスとなり、「分かってもらえない」という思いに変わります。結果としてやる気が削がれ、組織全体のエネルギーも低下するのです。
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- この記事の著者
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岸 和良(キシ カズヨシ)
住友生命保険相互会社 エグゼクティブ・フェロー デジタル共創オフィサー デジタル&データ本部 事務局長住友生命に入社後、生命保険事業に従事しながらオープンイノベーションの一環として週末に教育研究、プロボノ活動、執筆、講演、趣味の野菜作りを行う。2016年から...
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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