“プラスAI”から“AIファースト”へ移行するための戦略とは
トーマス氏は日本企業の55%が既にAIを活用している一方、世界ではAIの導入率が90%に近い地域もあることに言及し、「この差はあまりにも大きい」と警鐘を鳴らす。
このギャップを埋め、日本企業のビジネスにAIを取り入れるためには、ビジネスの根本的な概念を変える必要があると指摘。「これまでのビジネスは、コア業務にAIを少しずつ『追加する(プラスAI)』ものだったが、今後はこの考え方を「AIファースト」へとシフトさせる必要がある。AIファーストとは、ビジネスのあらゆる課題をAIから始めるという考え方。これはAI技術のリーダーとして非常に重要なものだ」とトーマス氏は述べた。

同氏はAIを構成する要素として以下3つを挙げる。
- データ:AIの原材料となるものだが、現在でも企業データの1%未満しかAIの基盤モデルに反映されていないという調査結果が出ている。企業内データをいかに活用していくかが重要
- AIモデル:データからインサイトや潜在的な成果を生み出すための重要な仕組み
- AIエージェント:モデルから得たインサイトを、自動化を通じてまったく異なる次元へと引き上げるもの
トーマス氏は加えて、上記3つはそのままAIの歴史として捉えられるとして「30年ほど前から始まったデータ管理の時代を経て、AIモデルの活用が広まっていったが、いまだにその価値を完全に引き出せていない。しかしAIエージェントの時代が到来した今、AIの価値が根本的に変化すると見ている。将来的には、ビジネスマン一人ひとりがいくつものAIエージェントを保有する時代がくるだろう」と述べ、AIエージェントの可能性を示した。
そしてこのロードマップが、“プラスAI”から“AIファースト”へと移行するためのものだと指摘。「AIの真の価値は、企業データをAIモデルに適用し、それをAIエージェントに変えていくことで生まれる」と力を込めた。
では、日本企業においてAI活用の障壁となっているものは何か。トーマス氏は「文化」と「実行力の欠如」を挙げる。「AIの活用を成功させるための道のりは決して簡単ではないため、失敗や実験を奨励するような文化があることは欠かせない。また、AIを含むテクノロジーに集中し、繰り返し試みる実行力も必要だ」と指摘した。
トーマス氏は、IBMが過去のAIに関する取り組みの中で得た、企業がAIを活用するための教訓として以下3つを紹介した。
- 非構造化データを含む全データの可視化と活用:企業内にあるデータの9割を占めると言われる非構造化データを含め、自社のすべてのデータを組織横断的に活用し、持続的な競争優位性を確立する
- ハイブリッドクラウドによるプラットフォームアプローチの推進:より小規模なモデルとガバナンスに注力し、AIの信頼性や精度を高める
- 強いリーダーシップで自動化を推進:グローバルな競争環境下でAIが大きな変革を起こす中、迅速な試行と組織を横断した戦略で行動を起こすことが必要
このような潮流を踏まえ、IBMは2020年に「世界で最も生産性の高い企業になる」ことを掲げ、AIエージェントやAIアシスタントを構築・管理できるプラットフォーム「IBM watsonx Orchestrate」を開発するなど、AIのイノベーションを生み出し続けている。そしてこの度、日本におけるAI製品・ソリューションの共創を推進する新たな取り組みとして、「IBM AI Lab Japan」を2025年10月に立ち上げる計画を発表した。
IBM AI Lab Japanは、IBMの技術、コンサルティング、研究開発の強みを結集し、国内のパートナー企業や学術機関との協業を通じて、エンタープライズ向けAIの開発および実装を推進する戦略的拠点。IBMとパートナー企業のもつ「フルスタックAI」の技術と知見を集約し、顧客固有の課題や要件に基づいた信頼できるAI活用の加速を支援するとしている。具体的には、以下3つの領域において共創を推進するとのことだ。
- 日本市場向けのAI製品の開発・実装支援:IBM 虎ノ門拠点内のIBM Innovation Studioを起点とし、AIに特化したソフトウェアおよびハードウェアの開発拠点を設置。IBMの海外の開発部門とも連携して、日本企業特有のニーズに即したIBM製品の開発・改良を加速する。ソフトウェア領域ではAIエージェントの社会実装を支援し、ハードウェア領域ではAIチップの顧客製品への実装を支援する
- AIソリューションの共同開発:IBMやパートナー企業が提供するAIエージェントを活用し、顧客がより迅速にAIエージェントを利用できるソリューションを提供する。また、企業内データとAIを安全かつ効率的に運用するための統合的なAI管理基盤の設計・開発を行う。加えて、規制の厳しい産業におけるAI活用の促進に向け、ソブリンAIや業界特化型AIの開発にも注力する
- AIを組み込んだ製品・ソリューションの共同開発:IBMが提供する業界向けソリューションと、顧客やパートナー企業が提供する製品や業務アプリケーションへのAIの組み込みを推進する
トーマス氏はAI Lab Japanにおける協業パートナーとしてさくらインターネット、松尾研究所の名前を挙げ、「AIに強みをもつパートナー企業と連携していくことで、日本のAIソフトウェアスタックやコンサルティングスキルを強化し、日本企業のビジネスにAIを導入する手助けをしていきたい」と述べ、キーノートを締めくくった。
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