“職務規程”が判決のポイントに
裁判所は職務発明そのものについて一般的な解釈を述べましたが、結局もっとも重視したのは職務規程でした。一般的な営業職と技術職の定義ではなく、この会社によって定義され元社員も同意したはずの規程に基づいて判断したわけです。
元社員が言ったような一般的な例よりも、規程において記載されたことのほうが重視されるのは当然であるという考えであり、そして当然のことながら、法律には個別具体的に何が職務発明にあたり、何がそうでないかは書かれていません。両者の同意が何よりも重いのです。
このことは、民法における「任意規程」の考え方を引くものと言っても良いかもしれません。民法では各種の契約について様々に定めていますが、そうしたものよりも両者が合意した契約条項のほうが優先されます。民法上、契約不適合責任は「発見後1年以内」と定めていても、契約当事者の合意により3年以内と定めればそちらが優先されます。それくらいに両者の合意は重いものであり、それはこうした会社の規程についても同じです。会社の規定というのは、社員が異を唱えなければ両者が合意したとみなされるものです。
職務規程・職務記述についての注意点
こうした紛争を防ぐためには、社員の職務を具体的に記した職務規程や職務記述がとても大切ということになります。たとえば、職務記述書にはよく「システムの日常監視」「障害対応」「定期メンテナンス」「運用業務の効率化」「運用ツールの開発・改良」といったことが書かれていますが、できればこれに各作業の成果物を書いておくことが有効だと思います。「システムの監視レポート」「障害レポート」「メンテナンス報告書」「効率化提案書」「運用ツール」などが書かれていれば、何が職務で何がそうでないかが明確になります。
そして、これらを超えた作業を社員が行ったとき、それをどうするのか。職務発明の枠内に収めるのか、別途なんらかの対価を支払うのか、それらを決めておくことが望ましいと考えられます。
また、ここまでは会社対社員としてお話ししてきましたが、システムの運用・保守をアウトソーシングするような場合なら、その契約書や別紙にこうしたことを記述しておくべきでしょう。私も様々な場面でこうした契約書を目にしますが、成果物まで書かれていない書面も一定数は存在します。そうした契約書には、どこか解釈の曖昧さが残り、職務発明に限らず様々な問題を引き起こす可能性が高まるのではないでしょうか。
社員側も斜め読みで済まさない
無論、こうした規程や契約書は社員の方もよく注意して読んでおく必要があります。もしかしたら、自分の行った行為が実は職務ではない“発明”にあたり、会社に正当な請求ができるかもしれないからです。
ソフトウェアの仕事をしていれば、色々なプログラムやツールを自分の工夫で作ることがあります。それが発明となり特許権を得られる可能性は高いとは言えませんが、知らない間に大損をしているなどということのないように、あるいはこの事件のように勝ち目のない訴訟などを起こさないように、よく読んで理解しておくべきでしょう。
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細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員1964年神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。大学を卒業後、日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステムの開発・運用に従事した後、2005年より20...
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