仕様が「未確定」のまま納期を過ぎたプロジェクト
東京地方裁判所 令和3年11月25日判決
平成28年8月18日、eスポーツ関連事業を企画する企業がソーシャル機能を備えたアプリケーションの開発を外部の開発会社(ベンダー)に委託する契約を締結した。契約に先立つ打合せの過程では開発に必要な項目が見積書として提示されていたが、それらの実施可否や優先順位、具体的な実施方法等は契約後に具体化していくこととされていた(アジャイル開発)。
契約締結後、開発会社はアプリケーションの実装作業を開始し、進行に伴って試作版や動作確認用の成果物が複数回にわたり提示された。成果物には未実装部分や調整を要する箇所も含まれていたが、依頼企業側はこれらを受領し、さらなる開発や追加要望に関する協議を継続していた。
しかし、発注者側からの要望が収まらなかったこともあり、契約書に記載された納期を経過してもアプリケーション全体の完成はできず契約は解除された。発注者側は未完成であると主張して、既払金の返還や損害賠償を求めたが、ベンダー側は仕様が確定していなかった点や追加の検討事項が継続していた点を理由として反論した。
事件番号 平30〔ワ〕25117
契約締結後、開発は進んでいきましたが、双方が思い描いていた「完成の姿」は次第にずれていきました。発注側の担当者は、アプリケーションとして必要となる機能や動作の方向性について検討を重ねながら、開発の途中で追加の要望や改善案を伝えていました。一方、開発会社は、発注側から示される要望を受け止めつつ、中間的な動作確認版を提示しながら実装を進めていきました。
しかし、年月が経つにつれ、両者の間で「どこまでが契約時点での範囲で、どこからが追加なのか」という線引きが曖昧になっていきます。発注側としては、「依頼したつもりだった」内容が実装されていなかったり、「当然含まれていると思っていた」機能が進まなかったりする場面が増えていきました。それに対し、開発会社は、「その仕様はまだ確定していない」「追加の要望として扱うべきだ」と認識していたため、スケジュールや作業量にも影響が出ていきます。
納期が迫っても完成しない状態が続くなか、発注側は「いつまで経っても出来上がらないのは、開発会社の不完全履行によるものだ」と考えるようになりました。一方で開発会社は、「仕様が契約当初から確定しておらず、発注側の判断や要望の変更によって作業が左右されていた」と反論しました。
つまり、発注側は「約束したものができていない」と訴え、開発会社は「そもそも約束が固まっていない」と主張したのです。
さらに、間に差し込まれていく追加検討や仕様の再調整は、プロジェクト全体の進行を複雑にしました。発注側は「修正は必要だが、本質的には当初の計画の範囲内だ」と捉えるのに対し、開発会社は「内容が変わっており、本来は追加費用や期間の相談が必要だ」と認識していました。両者の理解は、大きな隔たりを生んでいきます。
このように、争点の中心にあったのは「完成しなかった責任はどちらにあるのか」という一点です。しかしその内側には、仕様の確定時期、追加要望の扱い、進行上の役割分担といった、アジャイル開発特有の問題が幾重にも絡み合っていました。発注側から見れば“当然の期待”であっても、開発会社から見れば“決まっていない要求”だった可能性があり、それが後になって双方の主張を正面からぶつける形になっていきました。
こうした対立構造は、どちらの主張にも一理あるように見えます。果たして裁判所は、発注側の「未完成」という訴えをどう捉えたのか、あるいは開発会社の「仕様が確定していない」という主張にどれだけ耳を傾けたのか。読み進めるほどに、どちらが最終的に責任を負うことになるのかが気になるところです。さて、判決はどうだったでしょうか。
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細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント
経済産業省デジタル統括アドバイザー兼最高情報セキュリティアドバイザ
元東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員
筑波大学大学院修了(法学修士)日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステム...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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