2年間で4本のツールを導入しても、現場には浸透しなかった。あるメーカーの情シス担当者が壁を破ったのは、社外コミュニティで偶然始まった「夜な夜なの対話」だった。そして今、生成AIの全社展開でも同じ構図が繰り返されている。「使われない構造」はなぜ消えないのか。
【過去の連載】
- (第3回)「木こりのジレンマ」をどう乗り越えるか?
- (第2回)なぜシステムは使われないのか?効率化がDXを阻む逆説
- (第1回)変革を遠ざける「DXじゃない論争」
4本のツールを導入しても、現場は変わらなかった
便利なツールやAIを導入すれば、業務は変わる。多くの企業がそう信じて、導入に踏み切る。選定し、研修を行い、マニュアルを整え、やるべきことはやった。それでも現場には根づかない──そんな光景が、いま多くの組織で繰り返されている。私自身も、まさにこのパターンにはまっていた。
3年間で複数のツールを導入した。定着したものもあった。しかし、うまくいかないケースが目についた。どれも導入までは順調なのに、現場に根づかないまま終わる。そのパターンが繰り返されていた。
たとえばプロジェクト管理ツール。タスクの進捗や担当者が一覧で見え、抜け漏れや遅延にすぐ気づける。そんな触れ込みで導入を進めた。ところが3ヵ月後に現場を見に行くと、入力しているのは一部の担当者だけで、多くの人は従来どおりメールや口頭で仕事を回していた。ツールを見れば分かるはずの進捗を、結局また人に聞いて回っている。そんな状態が続いた。
他のツールでも似たことが起きた。最初は使い出す。しかし、いつの間にか入力されなくなり、気づけば使用そのものが止まっている。情報は結局、メールや口頭、個人管理のファイルに散らばっていく。ツールを入れたはずなのに、仕事の進め方は元に戻っていた。
ノーコード開発ツールも導入した。業務アプリを簡単に作れるという触れ込みだったが、実際に使っていたのは情シスの私だけだった。
問題はツールでも、マニュアルでも、研修でもなかった。そもそも「DX=ツール導入」という前提そのものが落とし穴だった。しかし当時の私には、その正体が見えていなかった。
情シスとして長年、ツールの選定やシステム構築を磨き続けてきた。技術的な導入作業は確かに得意領域だった。しかし、「導入したツールを現場に根づかせる」ことは、まったく別の問題だった。
組織文化、人間の行動心理、変革のプロセス設計——今の情シスには、かつてなかったほど広い領域が求められるようになっている。しかし、日々のシステム運用に追われる中で、その変化に気づき、対応できている人は多くない。当時の私もまた、その一人だった。何が足りないのかすら分からないまま、時間だけが過ぎていった。
講座の「後」に残った者たちの雑談が、すべてを変えた
きっかけは偶然だった。たまたまオンラインイベントを目にしたところ、身近なお弁当屋が、スマートフォンで注文・決済できる仕組みをつくり、学校や学童保育のランチを丸ごと変えていた。こんな世界があるのか——目にしたのは、単なるツール導入ではなかった。ビジネスや現場の在り方そのものが変わっていく姿だった。さらに、イベントの中で登壇者が「DXで重要なのはDではなく、X(変革)だ」と語っていた。その言葉に触れたことで、DXの本質がツール導入ではなく変革にあるのだと初めて気づいた。
同時に、自社で起きている停滞にも別の見え方が生まれた。足りなかったのは、ツールそのものではなく、変革の進め方なのではないか。何か打開策があるかもしれない——そう思い、私は地域のDX学習コミュニティに飛び込んだ。
そのコミュニティには、さまざまな業種のDX担当者やDXを自社で推進したいという経営者が集まっていた。製造業、サービス業、行政、スタートアップなど、普段なら交わることのない人たちが同じテーマで講座を受け話し合う。
こうした行為は、経営学では「越境学習」と呼ばれる。自分の専門性や所属組織という居心地のよい「ホーム」を離れ、異なる文脈の「アウェイ」に飛び込むことで、新たな視点を得る学び方だ。私はまさに、アウェイに飛び込んだのだ。
講座では、デジタルスキルからマインドセット、組織変革まで幅広いテーマが扱われた。それぞれに学びはあった。だが、点が増えるばかりで、線にはならない。
ここで私は「1つ目の葛藤」を経験していた。それまで当たり前だと思っていた前提——DX=ツール導入——が揺さぶられる。しかし、では代わりに何をすればいいのかが、まだ見えていなかった。
転機は、講座の「後」に訪れた。
講座が終わると、大半の参加者は帰っていく。しかし何人かは、そのまま残っていた。決まったテーマがあるわけでもなく、仕切る人間もいない。それぞれの現場の話、失敗談、愚痴、問いが混ざり合う。異なる業種、異なる立場の人間が、ただ話し続けていた。
講座で「変革が大事だ」と頭では理解できた。しかし、それを自分の現場でどう実現するかは別の話だ。その答えは、整えられたカリキュラムの中ではなく、誰に頼まれたわけでもない雑談の中にあった。
「うちの会社、ノーコードツール入れたんですけど、情シスしか使ってないんですよね」
製造業の担当者がぽつりと言った。
「あー、うちも同じです。現場に使わせようとしたら、『自分には関係ない』って顔をされて」
別の誰かが笑いながら答えた。
「わかる。興味がないんですよね、みんな。今のやり方で困ってないから」
私も黙って聞いていた。というより、聞きながら何度もうなずいていた。まったく同じ経験をしていたからだ。
社内では絶対に起きない会話だ。ツールが使われない苦しさも、組織の空気への苛立ちも、社内で口にすれば誰かへの批判になりかねない。しかしここでは、同じ経験を持つ他社の人間と、批判の文脈なしに話すことができた。笑いながら話せたのが大きかった。
こうした会話を重ねるうちに、頭の中でバラバラだったものがつながり始めた。
情シスが選定し、情シスが導入し、情シスが「使ってください」と差し出す。この構図そのものが問題だったのではないか。一方的に与えられたシステムを、現場が自分ごととして使うはずがない。必要なのはツールの改善ではなく、現場の人たち自身が「自分たちで作れる」「自分たちで変えていい」と思える状態をつくることだった。つまり、スキルの前にマインドセットの転換が必要だった。
デジタルスキル、心理的安全性、ノーコードツール、現場人材、組織文化——それまでバラバラだった点が、あるとき一本の線としてつながった。
「現場で働く人たち自身が、自分たちのほしいツールをノーコードで作れるようになったらどうなるか」
ずっと頭の片隅にはあった。しかし社内で言ったら「そんなことして意味あるの?」と返されるのが目に見えていた。確信が持てないまま動けずにいた。
それが、あの夜の対話で変わった。同じ壁にぶつかっている人たちの言葉を聞いて、やっぱり間違っていなかったと腹落ちした。その確信が、ようやく行動へと変わった。
計画された講座ではなく、残った者たちの雑談こそが、その転換点になった。
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熊本 耕作(クマモトコウサク)
公益財団法人九州先端科学技術研究所(ISIT)特別研究員。現場から経営戦略、組織開発、AI活用まで——部門と領域を越えて全体をデザインする"越境型DXアーキテクト"。
20年にわたり、現場に深く入り込みつつ全社を俯瞰して構造を再設計。製造・調達・物流のDXからAIによる人員配置最適化、生成AIの全社展...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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