国や地域で異なる「社会起点」のイノベーションのかたち
トポス2「社会を巻き込むイニシアティブ」セッションでは、モデレーターの紺野氏がトップダウンではなくボトムアップのイノベーションを起こしていかなければならない今日、世界の国々はその要求にどのように対応しているのかを垣間見てみたいと提案。
マーク・ハッチ氏(米国 テックショップCEO)、ヤン・ステイメン氏(オランダ ラーテナウ研究所所長)、穆荣平(ムー・ロンピン)氏(中国科学院 科学技術・管理科学研究所所長)ら外国人招聘者がパネリストとして参加し、各自の活動に基づくイノベーション観を語った。
イノベーションが生まれるコミュニティづくり〜テックショップCEO ハッチ氏
米国のテックショップ(TechShop) は、月会費を払えば誰でも実験や試作品制作に必要なツールが使える製作所を全国展開し、ローカル・イノベーションを推進している組織。機械やソフトを幅広く揃えるだけでなく、使い方を教える講座も提供している。CEOのハッチ氏は「個人で産業革命が起こせる場所」と説明、オバマ政権にも支持されているその存在意義を次のように語った。
テックショップはミツバチの巣
テックショップでは、フォードやソニーがイノベーションを起こすために必要としたようなツールやラボにすべてアクセスできる。
これが我々の基本的なプラットフォームだが、最も大切なのは地域にイノベーション・コミュニティを育てることだ。自動車会社をはじめとする企業、州立大学など数多くのパートナーとともに、テックショップが提供している場はたとえて言えば「ミツバチの巣」だ。イノベーションというハチミツを採るために、人というハチを集める。そのためにコミュニティを健全に保ち、人がまた人を呼び、活発に活動できるようにしている。
そんなコミュニティからはすでに数々のイノベーションが生まれ、成功を収めている。ハッチ氏は、その中でも一番のお気に入りという製品エンブレイス(Embrace)の開発エピソードを、サンプルを見せながら紹介した。
テックショップから生まれた世界の赤ちゃんを救う製品
世界には、生後1時間のうちに保育器に入れないばかりに、命を落とす未熟児が多くいる。これを知ったEmbraceの開発者たちは、保育器のある病院にまで搬送する間、赤ちゃんの体温を保てる技術を開発できないかと考え、まず、お湯につけて温めて使うと1時間保温ができるポリマーのパウチを開発した。これを入れた寝袋で赤ちゃんをくるめば、生き延びる時間を2時間に延ばせる。
彼らはスタンフォード大学の卒業生だったが、卒業生は大学のラボの使用を許されないのでテックショップにきていて、そこでマジックが起こった。ある引退研究者が作業台でこのパウチをいじっていた開発者に声をかけ、話をするうちに、製品化にあたり知的財産権を寄付することにしたのである。その結果、パウチの保温性を1時間から5時間に延長できた。この製品はパートナーにGEを得、今後5年間に10万人の赤ちゃんの命を救う見込みだ。
現代は、こうして人々がツールにさえアクセスできれば、莫大な資金がなくても世界を変えるイノベーションが起こせる時代なのだ。