データを活用することで生まれる新たなビジネスシナリオ
まずは分析の話は忘れる。ビジネスシナリオやビジネスモデルを理解しないと分析なんてあり得ないと森氏。ビジネスシナリオに興味がないならば、データサイエンティストにはなり得ないとも言う。
「分析のための分析ではなく目的意識が重要です。どのような社会的な問題を解決するのか。それについて、実際の事例に基づいて話をします」(森氏)
取り上げたのは、ヨーロッパの通信会社の事例だ。この通信会社が取り組んだビジネスシナリオは、もともとは森氏が日本国内の通信事業者向けに提案したもの。とはいえ「ビジネスモデルが危険すぎると国内ではお蔵入りになりました。その提案をヨーロッパのIBMチームが海外の通信会社に提案し実現しました」と森氏。
通信会社には、特徴的な優位性がある。それは、携帯電話という存在が自ずと個人に紐付いていることだ。携帯電話上での各種操作は、すべて個人の行動パターンや嗜好性に結びつくことになる。
「それを分析するとさまざまなことができるようになります。小売りなどのクライアント企業が持っているデータを統合すると、さらにいろいろなことができる。クライアント企業とジョイントマーケティングを行い、直接個人の消費者に商品やサービスを売り込んでしまうことができるのです。これは、日本ではまだできていないところです」(森氏)
これを実際にはどうやって行うのか。たとえば、SNSなどから得られるソーシャルのデータを分析してポジティブ、ネガティブを評価することができる。とはいえ、ある製品やサービスの情報を発信した際に、それに対し「誰がポジティブに反応しているのか」までは分からない。クライアントとしては、どこのレイヤーの人が反応していてい、それにどうアクションすればいいのかを知りたい。けれど、誰かが分からないのでアクションをとれないのだ。
ところが「通信会社のデータを見れば、どこのどんな人かが分かってしまいます。それは、どの端末がどんな操作をしているかが分かるからです。通信会社ではポジティブな反応をした人が何歳の誰で、どこに住んでいるかの情報(契約の際の基本情報)も持っています」と森氏。どこに住んでいるどんな人かが分かれば、クライアントはどういうセグメントの人が反応しているかを分析できる。つまり、通信会社のデータとソーシャルのデータを統合。企業が持っている売上げデータが個人の情報と結びついていれば、個人に対し直接的なマーケティング活動を行うすることで、特定地域に住んでいるポジティブな反応をしたセグメントを特定することまで可能だ。
さらに次のステップでは、そこにクライアントが持っているデータを加える。たとえば、商品の売上げデータだことができ、その効果が売上げにどう結びつくかも分かるようになる。それが分かれば、効果の高いマーケティング活動とは何かが分かり「次に何をすればいいかが分かるようになります」と森氏。
ここまででも斬新的なアプローチだが、これは携帯電話の通信会社データを活用する最初のステップにすぎない。第二段階では、通信会社がスマートフォンを使ってクライアントの商品やサービスを直接プロモーションしてしまうのだ。
「今であればそんなに難しいアプローチではありませんが、最初に提案を行った3年前はかなり斬新的なものでした」(森氏)
この施策の利点は、通信会社が持っている個人情報をクライアントに渡すことなく消費者に直接アプローチできることだ。これは、クライアント企業のビジネスモデルを変えると言うよりは、通信会社のビジネスモデルを変えるアプローチと言える。通信会社が通信費を得るビジネスモデルではなくクライアントの商品を売ることで、何らかの対価を得るようになるのだ。
プロフィールだけでなく人間関係まで把握する
どの企業でも顧客の情報は持っている。売上げや利益など、ビジネスのコアな情報は個人の顧客情報に紐尽くことになる。とはいえ、企業から見れば顧客であっても、顧客個人はその企業の商品のために生きているわけではない。その企業の商品という切り口は、消費者のほんの一部の側面でしかない。しかしながら、その人の生き方そのもの全部を捉えなければ、適切なマーケティング活動は難しい。その人が何を買っているのか、普段どのような行動をとっているのか。当然ながら、その人には携帯電話の番号も紐付くことになる。
そして「個人を中心にしたプロファイル化だけではだめです」とも森氏は指摘する。これは個人だけを見ていても適切なマーケティング活動ができないということ。その人の人間関係や趣味や嗜好のコミュニティ、所属している組織など、他の人やコミュニティとの関係性も必要になるのだ。
「Amazonのように買った商品のマッチングだけでリコメンドするのではなく、その人のことをもっと分かってリコメンドするのです」(森氏)
たとえば、森氏の年頃の娘さんにはエステ券のニーズがある。しかしニーズはあってもまだ学生でお金がないのためにエステ券はなかなか買えない。お金を出すのは父親である森氏だ。そこで、娘さんの誕生日のタイミングで父親である森氏にエステ券をプロモーションする。そうするとプロファイルだけを見ていては購買が予測できないエステ券を、森氏が購入することになるのだ。
「これは簡単な例ですが、分析の観点からこれを実現するのはかなり大変です」とのこと。これを究極に実現しようとすると、顧客のライフログと呼ばれるデータをクライアントは収集しなければならない。「Tポイントのようなサービスは、こういったことを実現しようとしています。同様なことが、携帯電話会社のトラフィックログを使うことで実現できます」これが森氏の提案だったのだ。
ここまでの「新しいビジネスシナリオ」の話を理解しないと「ビッグデータ分析のためのプラットフォームの話はできません」と森氏。顧客のプロファイルデータとトラフィックログから得られる顧客情報をマスターデータとする。それにソーシャルデータの分析結果を合わせ、セグメンテーションしてプロモーションに結びつける。そしてクライアントの売上げデータとそれらをさらに結びつればプロモーションの効果が分かり、次なるアクションが予測できる。結果をフィードバックし、さらに新たな分析とアクションをというサイクル。このサイクルを実現できるインフラが必要ということだ。
「ビジネスの目標に合わせていくと、このプラットフォームをここで使うことが理解できるようになります。ビジネスの目的とシナリオがあって始めて、どういうデータでどういう分析すればいいかが分かるのです。そうすれば、ここにHadoop、ここにマスターデータマネジメント、ここではストリームデータ分析が必要だと分かります」(森氏)
あのWatsonの技術を誰でも使えるようになる
講演の最後に森氏が触れたのが、先日ラスベガスで開催されたイベント「Insight 2014」での発表についてだ。「IBMがメインフレームを発表したのに匹敵するくらい大きな発表でした」と森氏。その発表というのがクイズ番組のジョパディで人間のクイズ王を打ち負かしたWatsonの技術を、いよいよコマーシャルベースで提供するということ。すでに医療や金融アドバイザーのところでは利用が始まっている。
「ニッチな技術だと思われていたものが、一般の顧客にも利用してもらえるようになります。クラウド環境でSoftLayerの上に実装され、どのような方でもすぐに使えます。さらに、3rdベンダーにもどんどんWatson技術を利用したアプリケーションを開発してもらうため、数1000のAPIも提供します」(森氏)
Watsonは非構造化データを使ったたんなるエキスパートシステムとは違う。構造化データに対しても、企業がこれまで活用してきたオペレーショナルなデータに対しても適用できる。「全部Watsonでやります。それでどのような質問にも答えられるようにするのがIBMの目指すところです」と森氏。
Watsonのテクノロジーは、まずはクラウドで提供される。とはいえ、すべてをクラウドにするとIBMは言っていない。たとえば、企業が持っているペタバイトクラスのデータをクラウドに持って行くのは現実的ではない。そういうデータを活用したければハイブリッドのアーキテクチャでというのがIBMの考え方だ。「データによって使い分けます」と森氏は言う。
そして、前半のビジネスシナリオの話にも関連しそうな発表もInsightではあった。それがTwitterとの協業だ。「今回はTwitterだけですが、データを保持している企業とは戦略的に提携していきます。欲しいオープンデータは、IBMのクラウドに来ればすべて手に入るようにすることを目指します」とのこと。
「ぜひ、データサイエンティストは分析という狭い範囲に閉じこもるのではなく、ビジネスシナリオでどういう分析をすればいいのかを考えて欲しい。それを支えるためのテクノロジーは、すべてIBMが提供します」(森氏)
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