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紛争事例に学ぶ、ITユーザの心得

ベンダに期待だけさせて裏切ったユーザ

 システム開発をベンダに依頼する際、要件定義と後続工程を別のベンダに依頼するなど、途中でベンダを変えることは珍しくありません。世の中には、ユーザ業務に強いITベンダもいれば、モノづくりが得意なベンダもいるわけですから、「餅は餅屋」で、別々に発注することは、ユーザ側からすれば、それなりに合理的なことと言えます。

 また、要件定義を発注するベンダは決まったが、後続の設計や開発については今後検討するということだってあるでしょう。システムの要件が決まらないことには、必要となる技術もハッキリとせず、どんなベンダあるいは技術者に依頼すべきか決められないこともあるわけですから、これもある意味、仕方のないことです。

 ただ、中には発注が分割で行われ、後続工程についてはどこに発注するかまだ正式には決まっていないことを双方が確認できないまま要件定義を実施し、後続工程のベンダ選定にあたってトラブルになるというケースもあります。正式な契約はともかく、要件定義を受注したベンダが、後続工程の作業も自分達に依頼すると期待をしていたのに、ユーザが別のベンダに発注してしまった。元のベンダとしては後続工程の受注も期待したからこそ、要件定義中も色々と無理をしたし、後続工程用のメンバも他の仕事を断ってアサインしていたのに、これでは約束が違うと紛争になってしまう。そんなケースです。

 もちろん、ユーザ側が特に後続工程を依頼していないのに勝手に期待していたのであれば、それはベンダ側の勇み足ということになるのですが、少しでもベンダに期待を持たせるようなことを言っていたのだとすれば、ユーザ側にもそれなりの責任があるのではないかという議論になります。

 今回は、そんな後続工程の発注を巡る紛争について、考えてみたいと思います。

後続工程の発注を巡る紛争の例

  (東京地方裁判所 平成20年7月29日判決より)

 ある電子商取引事業会社(ユーザ)が、業務系システムの構築を企画し、開発ベンダ(ベンダ)と基本開発契約と機密保持契約を締結しました。この段階では個別の契約は結ばれておらず、具体的な作業内容や金額については、なんの約束もありませんでしたが、ベンダは、多くのメンバをユーザに常駐させ、要件定義と設計作業を行いました。

 ところが、ユーザは、ベンダが作業する中、このシステムの開発を別のベンダに依頼したいと考えるようになり、ある時、それまでにベンダが作成した資料も中に織り込んだRFP (提案依頼書) を作成し、複数社による入札をかけました。

 ベンダは突然のことに驚きながらも、自身も入札に参加しましたが、結局、後続の開発は別の業者が落札しました。

 正式な契約こそないものの、ベンダとしてはこのシステムの開発を全て請け負ったと考えたからこそ、メンバを常駐させ着手していたのです。それを要件定義と設計の途中でいきなり取り上げ、別の業者に発注したというのでは「約束が違う」と言いたくなる気持ちもわからないではありません。ベンダは以下のように主張して、ユーザに損害賠償を求め訴訟を提起しました。

  • 費用や作業範囲を記した個別契約書の取り交わしこそないものの、開発契約は事実上、成立しており、これを勝手に破棄したユーザには、損害賠償をする責任がある。
  • もしも、契約の成立がなかったとしても、ベンダに正式契約を期待させながら、結局、発注しなかった行為は、信義則違反であり、やはり損害を賠償する責任がある。

 「信義則違反」というのはあまり聞かない言葉ですが、要は相手に期待だけさせて、作業を行わせ、お金を払う段になって「契約がないから払わない」というのは裏切り行為ではないかといった理解で良いと思います。

 確かに、ベンダ側の主張も頷けるものもあります。ただ、ここまでの経緯をドライに見れば、何せ正式な契約はもちろん、注文書のやりとりもなかったようですのでベンダの主張が通るのが微妙なところです。見方を変えると、まだ金額も作業範囲も決まっていない中、ベンダが勝手に作業を始め、ユーザ側が断った途端に「お金を払ってください。」と言い始めたのなら、ベンダの身勝手と捉えられなくもないのです。その辺りは、契約書や注文書の有無より、むしろ開発現場においてどのような会話がなされていたかが鍵になりそうです。

作業範囲や金額の合意がなくても契約破棄は成り立つか

 判決文の続きを見てみましょう。まず、第一の争点である開発契約は事実上あったのかという点です。もしも、契約書や注文書がなくても、事実上の契約があったと裁判所が、これこそ事実上の契約だと認めるものがあるなら、ユーザには、損害賠償の義務が発生するかもしれません。

  (東京地方裁判所 平成20年7月29日判決より)

 裁判所は、以下を理由に事実上の契約はなかったと判断しました。

  • 秘密保持契約を締結した時点でシステム開発の範囲が明確なっていなかった
  • 機密保持契約,基本契約には,委託業務の範囲は明示されていなかった
  • 金額についても、具体的な協議がなかった

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実際には、ついつい、信義則に違反してしまうことも……

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この記事の著者

細川義洋(ホソカワヨシヒロ)

ITプロセスコンサルタント東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員1964年神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。大学を卒業後、日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステムの開発・運用に従事した後、2005年より20...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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