「大脆弱性時代」に製造業は何から守るのか──NICT井上氏が語る攻撃の最前線、ベリサーブが示すSBOM運用の実践
ベリサーブ 「製造業のためのSBOM管理セミナー 」レポート
2026年10月29日、ベリサーブが開いた「製造業のためのSBOM管理セミナー」では、脆弱性の急増に現場がどう向き合うかをテーマに、サイバー攻撃の最新動向とSBOM(ソフトウェア部品表)の重要性が語られた。
最初に登壇したのは、情報通信研究機構(NICT) サイバーセキュリティ研究所 研究所長 の井上大介氏。「サイバーセキュリティ研究の最前線と国内外のサイバー攻撃の最新動向」と題し、まず過去の事案を製造業の目線で振り返った。
まず、2022年2月26日の夜9時過ぎ、トヨタ自動車の部品仕入れ先である小島プレス工業で、社内サーバーの1台が止まった事案を紹介。同社は翌朝までに全サーバーを止めてネットワークを遮断し、28日に自力での対応は難しいと判断して連絡。3月1日、トヨタの国内全14工場が止まった。原因は子会社が独自に使っていたVPN機器の脆弱性で、そこから本社に入られている。サプライチェーンの一部の障害が全体に広がった典型例だが、「休日の夜に全停止を決められた連絡体制には学ぶ点がある」と井上氏は語る。
2024年5月に公表されたDMM Bitcoinの482億円相当の流出では、北朝鮮のグループ「TraderTraitor」の関与が警視庁などから示された。LinkedInでリクルーターを装い、業務委託先Gincoの従業員に悪意あるPythonスクリプトを実行させる手口で、システムの欠陥ではなく人の隙が突かれた。2025年9月のアサヒグループホールディングスへの攻撃では、受注・出荷が長く止まった。バックアップが汚染されていないかを確かめきれず、システムの再構築を選んだ。会見では社長自らが技術的な質問にも答え、従業員の健康を害してまで復旧を急がせないと述べたという。
転機は、2026年4月にAnthropicが公表した「Claude Mythos」の評価文書だ。主要なOSやWebブラウザの未知の脆弱性(ゼロデイ)を多数見つけたと明かし、悪用を避けるため一般公開はせず、限られた組織による「Project Glasswing」で対策を進めた。コードの理解力に加え、人間の研究者のように仮説づくりから攻撃コードの作成までを自律的にこなす点が新しいと井上氏は説明する。Patch Tuesdayの件数は2026年7月に570件、9月に966件と伸び、10月の1,411件に至った。
同じ7月には、OpenAIが評価用の環境で多数のAIエージェントに「脆弱性を見つけて攻撃コードを作れ」とだけ指示したところ、エージェント同士が連携してHugging Faceの本番環境に侵入し、データを持ち出そうとした事例も紹介された。目的の達成を優先して手段を選ばない「報酬のハッキング」が、現実に起きた例だという。
国内では2026年秋から個人情報の漏えいが相次いでいる。NICTの脅威情報分析チーム「LETTICE」が注意喚起を出した「A2B攻撃(App-to-Backend Attack)」は、公開されているAndroidアプリをAIで解析してサーバー側のAPIを割り出し、認証や入力値の検証の不備を突くもので、アプリ自体に欠陥がなくても背後のサーバーが破られる。
では組織は何から備えるべきか。井上氏は、サイバー攻撃は経営リスクの「一丁目一番地」だと強調する。為替差損で100億円を失っても社長が謝罪会見を開くことはまずないが、個人情報の漏えいなら開く、という対比だ。外注に頼り切ると対策費は言い値で膨らむため、社内に目利きのできる専門人材を置くことが、コストを抑える近道になる。情報システム部門に「セキュリティもついでにやっておいて」と任せる姿勢は禁物だと言い切った。
技術面では、ランサムウェアへの備えを「バックアップがあれば安心」と考えるのは誤解だという。バックアップは復旧の手段にすぎず、侵入された根本原因をふさがなければ、復旧した途端にまた感染する。規程類の見直し、システム台帳(SBOMを含む)の整備、ネットワーク構成の把握、脆弱性のトリアージ体制、CSIRTの整備、従業員教育といった基本を、組織に根付かせられる人材が要になる。生成AIの業務利用でも、許可のない利用や機微情報の入力を防ぐルールづくりが必要だと述べた。
NICTの観測網「NICTER」は、約30万の未使用IPアドレスで攻撃の通信を見張る。2025年の観測は約7010億パケットに上り、1アドレスあたり13秒に1回、攻撃関連の通信が届いた計算になる。全体の3割以上はIoT機器を狙うものだ。総務省やISPと進める「NOTICE」では、推測されやすいパスワードやファームウェアの脆弱性がある機器の利用者に、ISP経由で注意を促している。国内メーカーのモバイルルーターが攻撃の中継拠点にされていた例では、NICTが現地調査を行い、メーカーと対策ファームウェアを配信して被害を抑えた。
人材の面では、米国のNICEフレームワークなどを手がかりに、自社に必要なスキルを描くことを勧めた。NICTは、自治体や企業向けにインシデント対応を体験する演習「CYDER」を開き、受講者は累計3万人を超える。若手を育てる「SecHack365」や、産学官の拠点「CYNEX」も通じ、国内でセキュリティ人材を自前でまかなえる状態を目指している。
小島プレス工業の例では、紙の生産管理に戻してでもラインを動かし、短期間で復旧させたことも、危機管理の参考になるという。井上氏は、対策に近道はないとして、「大脆弱性時代に備え、自組織の資産を把握し、脆弱性のトリアージ体制を築いてほしい」と呼びかけた。
「ファイルを探す」作業から、「たどる」作業へ
続いて、ベリサーブ サイバーセキュリティ本部 サイバーセキュリティ部 技術部長の銭本崇氏が、「製造業のためのSBOM管理をコンセプトとした『SBOM.JP』が目指すもの」と題して、同社が開発したSBOM管理パッケージ「SBOM.JP」の生い立ちから語った。2014年にOpenSSLの深刻な脆弱性「Heartbleed」が見つかると、自社製品のどこに使われているかを探す企業が相次いだが、Excelの部品表では版管理が破綻していたという。2021年の米大統領令でSBOMが世界標準の言葉になったとき、海外のツールはITシステムやクラウド向けが中心で、製造業の「製品×バージョン×複雑な部品構成」に合うものがなかった。そこで自社開発に踏み切った。SaaS型が8割と見込んだが、設計データをクラウドに出しにくい企業が多く、実際はオンプレミス型が過半数を占めた。
中核は3つの機能だ。製品の下にユニット、ソフトウェアと続く階層を版ごとに管理し、共通ユニットに脆弱性が出れば、影響する製品と出荷版を逆引きできる。数千から数万件のCVE(脆弱性の識別番号)が出るため、CVSSのスコアに加え、悪用の実績やSSVC(対応の優先度を決める意思決定の枠組み)、外部接続の有無から優先度を振り分ける。2026年6月に加えたAI機能「Agent影響調査」は、ローカルのLLMがコードの呼び出し関係をたどり、脆弱な関数が実際に使われているかを調べる。対応はチケットで管理し、判断の根拠も残す。欧州のサイバーレジリエンス法(CRA)が求める24時間以内の早期警告と72時間以内の通知にも備える。
続くベリサーブ サイバーセキュリティ部 プロダクトソリューション課 の菊地亮祐氏は、「製造業におけるSBOM活用の進め方」と題し、2社の事例を紹介した。産業機器メーカーのA社は、SBOMの保管場所が分散し、どの出荷版に対応するかも追えなかった。更新する単位と出荷製品を管理する単位を分け、出荷時にタグで版を確定させたことで、調査は「ファイル探し」から「関連情報をたどる作業」に変わった。
事例として紹介されたのは、積水メディカル。同社は、2023年4月の薬機法改正への対応と、医療機関からの問い合わせ増をきっかけに導入した。ベリサーブの運用支援を組み合わせ、品質保証戦略室が司令塔を務める体制を整えている。
菊地氏は、まず代表製品1つで始め、課題を確かめながら広げるよう勧めた。
「止める」判断もまた、守りの選択肢になる
最後のパネル討論には、この3人にベリサーブ サイバーセキュリティ本部 ビジネスマネジメント部の武田一城氏がモデレーターとして加わった。最初の問いは、なぜ攻撃がやまないのかだ。井上氏は、犯罪が物理空間からサイバー空間に移っただけで、最大の動機は金銭だと答えた。国境がなく、各社がサプライチェーンでつながる今は、「我が社が狙われるはずがない」ではなく「サプライチェーン全体の中で狙われないと言い切れるか」と考える必要がある。AIによる攻撃は、まだ「中ボス」が出てきた段階で、未知の脆弱性を自律的に見つける「大ボス」への備えはこれからだという。
優先順位をめぐっては、銭本氏が、対応できる量に限りがある以上、リスクを許容して順位を付けるしかないと述べた。井上氏は、システムを止めてでも更新するかを決めるのはCISOの役割だが、日本では権限が弱いか不在の組織が多いと指摘する。製造現場では、誤った制御で不良品を出したり人命に関わったりするより、ラインを止めたほうが損害が小さい場合もあるため、可用性より完全性を優先する判断も共有してほしいと訴えた。
SBOMの効果について銭本氏は、「防災頭巾を押し入れの奥深くにしまい込んでいるようなもの」で、持つだけでは役に立たないと話した。
この記事は参考になりましたか?
- この記事の著者
-
京部康男 (編集部)(キョウベヤスオ)
ライター兼エディター。翔泳社EnterpriseZine/AIdiverには業務委託として関わる。翔泳社在籍時には各種イベントの立ち上げやメディア、書籍、イベントに関わってきた。現在はフリーランスとして、エンタープライズIT、行政情報IT関連、企業のWeb記事作成、企業出版支援などを行う。Mail ...
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア

