
IT関連の契約にも大きな影響を及ぼすと思われる改正民法の施行(令和二年四月)が目前に迫ってきました。今回の改正については、この連載でも以前にお伝えしてきましたが、いよいよ施行が目前に迫り、皆様の中にも今後のIT契約書の記載をどうするのかを検討されている方も多いと思います。また経済産業省の外郭団体である情報処理推進機構(IPA)でも、この民法改正に対応するモデル契約書のひな形が公開されました。そこで、今回は特に改正の中でも問題になりそうな“契約不適合責任”について、想定される問題なども交えながらご説明します。
“引き渡し後1年まで”だったバグの無償修正が、最大10年まで可能に

まずは、今回の民法改正で請負者による担保責任がどのように変わったのか、条文を見てみましょう。
【これまでの民法】
(請負人の担保責任)
第634条
仕事の目的物に瑕疵があるときは、注文者は、請負人に対し、相当の期間を定めて、その瑕疵の修補を請求することができる。ただし、瑕疵が重要でない場合において、その修補に過分の費用を要するときは、この限りでない。
(請負人の担保責任の存続期間)
第637条
前三条の規定による瑕疵の修補又は損害賠償の請求及び契約の解除は、仕事の目的物を引き渡した時から一年以内にしなければならない。
これまでの民法では、仕事の目的物つまり納品されたシステムに、引き渡し時点では分からなかったバグがあったとき、ユーザはその修正を一年以内に請求することができると解釈できます。
では、新しい民法では、これがどのように変わるのでしょうか。
【令和二年四月施行の民法】
(請負人の担保責任の制限)
第636条
請負人が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない仕事の目的物を注文者に引き渡したとき(中略)は、注文者は、注文者の供した材料の性質又は注文者の与えた指図によって生じた不適合を理由として、履行の追完の請求、報酬の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、請負人がその材料又は指図が不適当であることを知りながら告げなかったときは、この限りでない。
(目的物の種類又は品質に関する担保責任の期間の制限)
第637条
前条本文に規定する場合において、注文者がその不適合を知った時から一年以内にその旨を請負人に通知しないときは、注文者は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、報酬の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。
この条文は一見すると、ユーザ側が“できないこと”を書いているようにも見えるのですが、これは法律独特のものの書き方で、その内容は「引き渡し時点ではわからなかったバグがあったとき、ユーザ側はそれを知ってから一年以内にベンダに通知すれば、その修正を請求することができる」と理解できます。
システムが納品されたら1年以内に修正点を見つけて依頼しないと無償で直してもらえなかったところが、納品後、民法上の債権債務の時効である10年の間、不具合を発見したら、いつでも無償の修正をしてもらえることになりました。
ユーザとって嬉しいことなのか?
バグの修正を依頼できる期間が大幅に伸びるわけですから、この部分の改正はユーザにとって、とても有利になったように見えます。確かにこれまで納品して2年経ってから発見されたバグについては、(ベンダ側の好意に甘えて直してもらうこともありましたが) 法律に照らせばお金を払わなければなりませんでした。
また多くの場合は別途締結した保守契約の中でやってもらうなど、少し不明瞭な対応を取らざるを得ませんでした。それが、今後は正々堂々と無償の修理を請求できるわけですから、ユーザにとって嬉しい法改正と見えなくもありません。
しかし、この改正に基づいて契約書を作るとき、ベンダはどのような対応をするでしょうか。もしかしたら、ユーザは今よりつらい立場になるかも知れません。
どういうことでしょうか? 前述したIPAのモデル契約書の変更に関するワーキンググループでも議論されたのですが、もし契約がこの民法改正通りに変わるのだとしたら、ベンダは見積もり額を上げるかもしれません。また、昨今応札者が減少傾向にある国のITに関する入札では、この条件では受けられないというベンダが続出して誰も仕事をしてくれなくなるかもしれません。
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細川義洋(ホソカワヨシヒロ)
ITプロセスコンサルタント東京地方裁判所 民事調停委員 IT専門委員1964年神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。大学を卒業後、日本電気ソフトウェア㈱ (現 NECソリューションイノベータ㈱)にて金融業向け情報システム及びネットワークシステムの開発・運用に従事した後、2005年より20...
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