生成AIを超える「創造AI」の時代へ──日立製作所 矢野和男氏が語る、CFOの力を拡張する第4世代AIの本質
「BlackLine Summit 2026」レポート
「生成AIは本質的に、創造的な課題を解けない」──こう切り出したのは、日立製作所フェローであり、ハピネスプラネット代表取締役CEOの矢野和男氏だ。2026年2月25日に開催された「BlackLine Summit 2026」の特別講演で、矢野氏はChatGPTやGeminiに代表される生成AI(Generative AI)の原理的な限界を丁寧に解きほぐし、その先に「創造AI」という新たな地平を描き出した。財務・経営領域でのAI活用が急速に進む今、CFOや経営幹部がこの変化をどう受け止めるかが問われている。
生成AIはなぜ「一般論」しか生み出せないのか──決定論的アーキテクチャの壁
矢野氏はまず、現在のAI技術の系譜を4世代に分けて整理した。2000年代の「指示AI(Directive AI)」はGoogleの検索アルゴリズムに代表され、人間が設計したルールでウェブを整理した。2010年代の「予測AI(Predictive AI)」は機械学習とディープラーニングを武器に、FacebookやYouTubeのリコメンドエンジンを生み出した。そして2020年代の「生成AI(Generative AI)」は、大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)を中心に、OpenAIのChatGPTやGoogleのGeminiへと結実する。
ところが、矢野氏はこの生成AIに根本的な問題を見出す。LLMのトランスフォーマーアーキテクチャは、平たくいえば「過去のデータを統計的に学習し、確率の高い次の単語を選び続ける」仕組みだ。学習済みデータのパターンを再現することには長けているが、その範囲を超えた新たな視点を自律的に生み出すことは、構造上できない。
「生成AIが返してくる回答は、そつのない一般論で大変得意です。知識の量ももう人類の誰一人として敵いません。でも、知識がいっぱいあるということと、創造的かということは全然違いますよね」と矢野氏は語る。
講演では実際に、財務担当者が受注拡大策の報告を上司にする場面のプロンプトを試した。返ってきたのは「明確な構成で報告してください」「データと事実に基づいてください」「ビジュアルを活用してください」という、どこかで見たような内容だった。企業固有の文脈に踏み込んだ洞察はそこにない。生成AIは未来の可能性を「拡げる」のではなく、学習データの範囲に「絞り込む」装置だというのが矢野氏の見立てだ。
もちろん、答えが明確に存在する課題──専門知識と正確なデータで解ける「技術的課題」──においては、生成AIは頼れる道具になる。問題は、経営における戦略立案や投資判断、組織変革といった「創造的・適応的課題」だ。何を解くべきかという問い自体を設定するところから始まるこれらの領域では、過去データを真似しても答えは出ない。矢野氏はハーバード大学のロナルド・ハイフェッツ氏の研究を引き合いに、日本企業がこの20〜30年低迷した一因を「創造的課題を技術的課題として解き続けたこと」に求める。同質な視点で検討し、無難な選択をし、尖ったストーリーがないまま進む──その繰り返しが競争力を削いできた、というわけだ。
量子論が拓く「第4世代AI」──過去を模倣せず、未来の可能性を広げる原理
では、どうすれば過去の模倣を超えられるのか。矢野氏が手がかりとしたのが、物理学の「量子論」だ。
19世紀末、ニュートン力学に始まった近代科学が一旦確立されると、科学者たちの間で「すべての未来は方程式によって決まる」という決定論的な世界観が広がった。しかし量子論はこれを覆した。電子や原子のレベルでは、複数の状態が「重ね合わせ」として並立し、観測によって初めて一つの現実に定まる。未来は決まっていない──可能性が常に広がり続けているのが自然の本質だ、というのが量子論の核心である。
矢野氏はここに、生成AIの限界を突破するヒントを見出した。現在の生成AIは決定論的な構造で動いている。次の単語の確率を計算し続ける仕組みである以上、そこから逸脱した創造性は生まれにくい。一方、量子論には「順序性」という原理がある。AのあとにBが起きるのと、BのあとにAが起きるのとでは、その後の展開がまったく変わる。会議でも同じことが言えて、財務担当者が先に発言するのか、人事が先なのかで議論の流れは大きく変わる。異質なものの掛け合わせが、新しい意味空間を生み出すのだ。
「創造というのは、実は物理現象なんです」と矢野氏は語る。この考えから開発されたのが「量子言語モデル(QLM:Quantum Language Model)」だ。LLMの次世代にあたるこの技術は、量子論の原理をソフトウェア上に乗せることで、AIが過去データに縛られず、新たな視点や選択肢を自律的に生み出せるようにした。2025年8月にハピネスプラネットが正式発表したプロダクト「FIRA(フィーラ)」がその実装で、ルネサンス発祥の地フィレンツェにちなんで命名されている。世界的にもユニークな「創造AI」として打ち出されたFIRAは、講演の発表から間もない2026年2月の段階で、すでに日立をはじめ製造業・金融・建設など多くの企業に導入が進んでいる。
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京部康男 (編集部)(キョウベヤスオ)
ライター兼エディター。翔泳社EnterpriseZineには業務委託として関わる。翔泳社在籍時には各種イベントの立ち上げやメディア、書籍、イベントに関わってきた。現在はフリーランスとして、エンタープライズIT、行政情報IT関連、企業のWeb記事作成、企業出版支援などを行う。Mail : k...
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