経営・事業コンサルは一流、ITコンサルは三流と呼ばれた時代
押久保剛(以下、押久保):Apptioの成塚歩代表と、パーソルホールティングスの執行役員CIOの古川昌幸氏、そして私によるオンライン鼎談です。成塚さんには、本誌でTBMの連載をお願いしておりますが、古川さんと私は初めましてとなります。さっそくですが、古川さんのこれまでのキャリアについてご教示いただけますでしょうか。
古川昌幸氏(以下、古川氏):1986年に現在の野村総合研究所(NRI:当時は野村コンピュータシステム)にエンジニアとして入社し、基幹システムのグランドデザインなどを担当しました。当時、経営コンサルや事業コンサルは一流の仕事といわれていましたが、ITコンサルは三流なんて言われていた時代で、野村総合研究所はそこを変えていこうとエンジニア出身の僕らを90年代になってすぐITコンサルタントにしました。
ITコンサルタントとしての領域は当初、金融機関中心でしたが、90年代後半には非金融分野にも仕事の幅が拡がりました。製造業であったり、メディア系であったり、家電量販店であったり。2002年に野村総合研究所(NRI)が上場し、2003年のタイミングで同社の経営企画部長となり、コーポレート系の業務に就きました。組織の動かし方などを、当時の社長の下で学べたのは大きな経験となっています。
2005年頃から、多くの会社が事業とITはセットで考えていくべきという流れとなっていたように思います。事業戦略にどうテクノロジーを活かすかという課題が経済社会で巻き起こり、経営企画から再びコンサルタントに戻ります。
その後、味の素の情報子会社の経営陣として成長をサポート、続いて味の素本体の情報企画部長を務めさせていただき、またNRIに戻りました。これまでの経験を通じてさらに貢献できることはないかと考えていた時に、パーソルに来ないかとお話があり、2020年7月にジョインしました。
成塚歩氏(以下、成塚氏):パーソルへ入られた決め手はどこにあったのでしょうか。
古川氏:コンサルタント出身なので、リサーチはしますよね。そうすると、このグループはGAFAが持っていない情報を大量に持っている。ビジネスも多様性があり、パーソルの事業規模で事業概要をキャッチアップするには1ヵ月かかると考えていたのですが、実際には3ヵ月程度もかかりました。そこもまた面白さを感じましたね。しかも、これからさらに変わろうとしている過渡期であることも興味を持った理由です。
押久保:過渡期というのは?
古川氏:2020年4月にパーソルグループは、SBU(ストラテジックビジネスユニット)体制に移行し、ビジネスユニットごとの自立性を高めて事業のスピードをあげていこうとしています。その分、情報は分散していき、そのマネジメントをどのようにしていくかなどの課題もありました。CIOとして参画し、寄与できることがあると感じました。
成塚氏:パーソルさんは、グループで人材派遣業や転職サービスなども行っていますし、それぞれのサービス名も広く認知されていると思います。SBU体制というのは、グループ会社を事業内容でくくりなおしたイメージでしょうか。
古川氏:そうですね。人材派遣・アウトソーシングなどを担うスタッフィング、それから新卒採用・転職などの人材紹介という大きな2本柱が知られていますね。3本目の成長柱として専門性をもったエンジニアの派遣やアウトソーシングなどの事業ドメインがあり、スタートアップのようなソリューションを提供している会社もあります。
押久保:それだけ多様だと、古川さんのようにグループのCIOとなると事業理解が確かに大変そうです。
古川氏:グループのCIOとして難しいのは、距離感の取り方ですね。事業会社のCIOと異なり、なんでも自分で推進するわけにはいかない。現場のIT部門が何をしているのかを見極め、任せられるところは任せるという距離感の取り方。これに1年間パワーを注いできました。
ITだとHOWに目が行きがち、しかし経営はWHATを求める
押久保:私は、経営や事業とITは両輪だと考えているのですが、日本企業はIT音痴とも言われて、経営アジェンダにITが入っていないことが多いと聞きます。それが昨今のデジタル化の遅れにもつながっていると感じるのですが、古川さんは現状についてはどうお考えでしょうか?
古川氏:これまで、ITと経営は別言語で、それを通訳できる人が少なかったことも起因し、ITのことはIT部門に任されるケースが多く見受けられました。ただここ4年~5年、CIOクラスの方々が転職をして流動化しはじめて、こうしたことにも変化が起きてきた。日本の経済社会にとってプラスだと感じています。
押久保:通訳をする担当は、経営を理解しなくてはいけませんよね。CIOに必要なものはなんでしょうか?
古川氏:日本のCIOの多くはIT部門の組織代表や長がなるものでした。しかし、経営や事業にITを使わなくてはならない今、経営層と話ができるCIOが求められます。ITを知った上で、数字と経営の話ができる人ですね。IT部門の長がCIOになったりすると、HOWをメインで伝えてしまうケースが多々あります。「このサービスを使います」「この製品を購入します」など。
しかし、経営層はプロセスやツール(HOW)よりも、なぜこれをやり(WHY)、その結果何が得られるのか(WHAT)を知りたいのです。今のCIOは、経営層が求めるWHATの部分を語ることが求められます。達成することで、何ができるのか、得られるのか、どう変わるのか。経営目線で世界観を語り、その世界観は会社の事業としっかりオーバーラップしている。これが一番CIOに求められていることではないでしょうか。
成塚氏:僕らベンダーもけっこうHOWを語るので、耳が痛いところです。
古川氏:そこは商品ですからね、仕方ないでしょう(笑)。
グループ各社の成熟度レベルを見極め、達成できる目標をセットする
成塚氏:先ほどお話のなかで、現場を見ながらと古川さんがおっしゃっていたのが、古川さんらしいなと感じました。この鼎談が行われる前に、雑談のなかで1on1を35人されたとおっしゃっていた。これもまた、距離感をつかむために人を知るということなのでしょうが、ホールディングスのCIOとしてどのような距離感、また個社との連携を考えているのでしょうか。
古川氏:本来的には全体最適の効率化を目指すべきだと思いますが、グループになるとパーソルもそうですが、バラエティに富み、力もあると、1つの目標をセットするだけではやっていけないと思います。個社ごとに、この会社はある程度任せても大丈夫。この会社はこの部分をホールディングスとしてサポートしないといけないといった見極めが必要になります。トップダウンで私たちはこう変わりましょう! と目標を言うだけでは無理ですね。言ってそれが実現するなら楽でいいですが、現実はそうではない。
グループ内の会社ごとに「成熟度レベル」があり、たとえばそのレンジが1〜5あったとします。そのレベルをこちらでしっかり定義すれば、それぞれのグループ会社側も現状を把握しやすく、次のレベルへあげるための目標を立てやすいでしょう。
成塚氏:これは、ホールディングスならではの発想ですよね。事業会社のCIOだと、自社の中のレベルをあげることは考えられますが、全体を俯瞰して最適化していくというのは難しい。
古川氏:そういう意味で、事業会社のCIOと比べてホールディングスのCIOは我慢が求められますね。直接手を出せない領域も多いので、調整などにも時間がかかります。こうすればこうなるという答えは見えていても、それを各社でやってもらう必要がありますから。また、グループを統制していく上で、機会の公平性と透明性も求められます。CIOとしてグループ全体を把握し、理解した上で発言をしていかなければ現場は混乱するばかりです。
透明性が、IT投資の効率化につながる
押久保:日本のCIOやIT部門における課題についてもお聞かせください。
古川氏:CIOやIT部門は透明性を高めて、Non ITの人でも理解できるようにしなくてはいけません。これができていないから、Non ITの人たちから「ITはよくわからないのにお金がかかる」と思われてしまう。IT側がビジネスとしてこのような投資をすることで、このようなリターンが得られると説明できれば、こうした文句は出ないはずです。そのスキルを持つ必要があります。そうすれば、無駄なコストも削減できますし、IT投資も増えるでしょう。
投資にあたっては、企業は常に会社を維持するためのお金と、成長や革新のためのお金の比率をどうするかという判断が求められます。この2つのうち、後者のような成長投資にはさらに2つの性格があります。一つは効果が投資対効果(ROI)でしっかり計れるもの。
しかし、現在の経済社会は速度感も増し、ITのサービスも数年で大きな変化が起きています。まったく新しいチャレンジの場合、やってみないと効果が見えなかったり、計算しようがなかったりというケースもあるでしょう。こうした性格の投資を経営層にしっかり説明できないと、チャレンジなのにROIで説明しろとなる。数値以外のノウハウや人の育成そういった新しい指標を作り、区別してコントロールしていく必要があります。
成塚氏:そのためにもそれぞれの投資がどのような目的で行われており、それがどのように運用されていくのかを観測していかなければなりませんね。
古川氏:IT投資は財務会計の勘定科目に紛れて見えづらい。その上、マーケティング費用も最近はデジタルマーケティングが主流となり、これもITの費用に分類されてしまうと、いよいよわけがわからなくなります。IT投資をApptioやTBMのような考え方をベースに可視化・管理できるのはCIOとしてはありがたいですね。現状把握ができなければ、未来予測も立てられませんから。
押久保:今、テクノロジーと非テクノロジーの境界線があいまいというか、非テクノロジー分野でも実はテクノロジーがなければ立ちゆかなくなっている状態。テクノロジーが水のようなもので、それ前提でのビジネスとなっている。となると、その水がどのような水なのか実態をつかめる物差しがないとあやまった経営判断をしてしまいそうです。まるで、間違った体重計に乗り続けて痩せたと勘違いするかのように。
古川氏:まったくその通りですね。財務会計のようにIT投資を同じルールでしっかりと説明したいと常々考えていましたし、そのような説明の仕方をこれまでもしてきました。当たり前ですが、どの会社もステークホルダーなどに対して、どのようなテクノロジーにどれだけのお金を投入し、どのような成果をあげるのかという説明責任は常に求められます。その際にTBMのような考え方をベースにルールが標準化されていくことは意義があることだと思います。
労働市場のプラットフォーマーになれるチャンスがある
古川氏:冒頭、GAFAにない情報をもっていると話しましたが、パーソルグループは労働市場のプラットフォーマーになれるデータをもっていると考えています。私の個人的な思いではありますが、そんな世界を創りたいと思っています。
もちろん現状の見直しもしていきたい。今、個々人の履歴書や経歴書は、デジタル化されていますが、その設計思想のベースはRDBです。でも今ならブロックチェーンを使った方が信頼性の担保にもつながるし、いいのではないかと考えていたりもします。もちろん膨大なコストがかかりますし、個人情報の取り扱いにも配慮が必要となりますので、しっかりと戦略を練ったうえで、私一人CIOの個人戦ではなく団体戦に持ち込まなければなりません。
TBM Councilの話を成塚さんから聞いた時、これもCIOの個人戦を団体戦に変える取り組みだなと感じました。同じ思いを持つ人が集まったコミュニティの力は大きいですからね。
成塚氏:おっしゃる通りです。私もCIOだけでなく、IT部門と経営の距離を縮め、日本の経済社会の成長に寄与できると思い、TBM Councilに積極的に関わっています。みんなでWinになれる場作りをしていきたいと考えています。